井の頭歯科

「ANON」を見ました

2019年11月12日 (火) 08:17

アンドリュー・ニコル監督     カルチュア・パブリッシャーズ

2019年見逃し後追い作品その2

1 近未来SFが好き

2 出来ればディストピアが考えさせられて好き(現代の風刺含む)

なので気になってました。ただ、むむってのはアマンダ・セイフリッドが絡んでいる事が・・・私、この人、肉感が強すぎるし、圧を感じます。多分初めて観たのが『クロエ』(アトム・エゴヤン監督作品)だったからな気がしますけど。クロエがあまりに、あまりな作品でして、その次に観たのが「レ・ミゼラブル」(の感想は こちら )のコゼットだったので、さらに辛くなってしまいました・・・コゼットには全然合わないと思うんだけど。

でも、見てみないと分からないですし、100分という短さに負けて選びました。

近未来の米国。常時網膜にネットが映し出されるのが当たり前でプライバシーがほぼ消失した世界。視野に入った人、物、にタグが付けられ、広告が浮き上がります。だが、相手の視野を乗っ取った上での殺人事件が起こる。捜査するサル(クライブ・オーウェン)は街中でのすれ違い時にエラー認識されていたanon(エラー)の存在を覚えていて・・・というのが冒頭です。

世界観は悪くない上に、セットや美術が非常にのっぺりとした、コンクリートの打ちっぱなしな感じの世界です。割合好きな近未来描写です。

が、ストーリィが、どうにも飲み込みにくいんです。

Netflixのブラックミラーの中のZ eyeの話しに似ていますが、設定だけで、話しはより極小でチープになっていますし、そこにハードボイルドをまぶしついるのですが、そのまぶし方が大雑把なんです。うなぎにかける山椒なら、山椒でうなぎが見えなくなった状態です。

あと、やっぱそうなります?的なサービスショット(死語)があります・・・

なんとなく製作者側が『みんな待ってたでしょ?観たかったでしょ?』という感覚が透けて見えるのが嫌な気持ちになりました。多分アマンダ・セイフリッドが今ひとつブレイクしきれないのは、簡単に脱ぎ過ぎるんじゃないかな、と愚考します。

しかも、サルの取った行動のおかげ(すっごくささやか!)で、という形でのコミットメントがあるんですけれど、これがすっごく安いんです。多分こういう映画なり漫画なり小説があるから、世の中の考えの浅い男子が勘違いするんだと思います。そんなわけないじゃないか。そして、映画の中でも、そんなわけないじゃないか?と感じると、どんどん醒めていきますね・・・

設定は悪くはないんです、ただ、みんな想像出来る範囲でしか展開しないので、もう少し驚きが欲しいです。

電脳的な未来から、網膜ネットを経た、さらにもう少し先のガジェットかデバイスがないと、絵が持たない気がします、好きな私でも眠くなりました事を白状致します。

またアマンダ・セイフリッドで嫌な感じになってしまいました、全然アマンダ・セイフリッドさんのせいじゃないのに。

SF作品が好きな方に、オススメ致します。

「女王陛下のお気に入り」を見ました

2019年11月8日 (金) 09:05

ヨルゴス・ランティモス監督      20世紀フォックス

2019年見逃し後追い作品その1

2019年も11月、早いですね・・・今年もあまり映画館には足を運べなかった方だと思います。今のところ25作品という所でしょうか。旧作と言いますかNetflixがあるのでそちらに段々と移行してきてしまっている感じがします、昔のとしまえんCMで水は高きところから低きへ流れる、というのがありましたけれども、まさにそんな感じで安易な方に流れていくものですね・・・そんなわけで見逃してしまった作品を追いかけておこうと思い、今年は早めに始める事にしました。

ヨルゴス・ランティモス監督、ギリシャの方です。私が最初に観たのは「籠の中の乙女」(の感想は こちら )ですし、その後の「ロブスター」も好きな作品です。まぁかなり変わった監督さんでもありますけれど、私はこの不穏さが、好きです。次作の「聖なる鹿殺し」は未見なのですが、この「女王陛下のお気に入り」はちょっとなんかヨルゴス・ランティモス監督っぽくないぞ!と思っていたのですが、そこにアカデミー賞の主演女優賞に決まった事もあって、次第に観たい欲がするすると減衰してしまいました。だいたいにおいて、アカデミー賞って何か違う感覚があるし、そもそも賞をありがたがるのは、何か違う感覚があります(その辺の話しは最近観た『蜜蜂と遠雷』の感想で)。○○賞を受賞したくて作品を作ってる人ってそもそもダメだと思いますし、作りたいモノを作った結果、受賞するならまだしも、とか思ってしまう、面倒な人間です。なので、ええ、あのヨルゴス・ランティモス監督の映画が受賞って?と思ってしまったわけです。ま、でも見てみないとワカラナイものです、当たり前ですけれど。

今作はヨルゴス・ランティモス監督の脚本じゃない、というのを見終わった後に調べて気が付きました。だったら、納得。監督業に徹底しているのだと思います。脚本が全然ヨルゴス・ランティモス監督っぽくなかったので、そこが印象的でした。とても万人受けする映画だと思います。

18世紀のイングランド、女王アン(オリビア・コールマン)はフランスと戦争中です。しかも体調が優れず、友人で信頼のおけるマールバラ侯爵夫人であるサラ(レイチェル・ワイズ)とこの国難を乗り越えようと、議会と協議しています。とはいえ女王の心は完全に国家の事に支配されているわけでは無く、日々鬱々としています。そんな中サラを頼って没落貴族のアビゲイル(エマ・ストーン)が職を求めて宮殿にやってきて・・・というのが冒頭です。

まずこのキャスティングが凄い!その上美術や衣装も大変チカラが入っていて、素晴らしいです。何といってもこれはまず美術とキャスティングがずば抜けています。中でもキャスティングで言えば主役級の女性3名を連れてきた事が凄い。特に、観客の感情移入先として新参者であるアビゲイルにエマ・ストーンが華やかです。エマ・ストーンの出演作だと私は「ラブ・アゲイン」(の感想は こちら )と「Superbad」が素晴らしい作品だと思います。明るく華がありますね。さらにここに男勝りな凛々しい女性サラにレイチェル・ワイズ!が当たり役!この人は私は「ナイロビの蜂」(の感想は こちら )と「否定と肯定」(の感想は こちら )を見ていますけれど、何といっても「否定と肯定」の時と全然違う人に見えるんです。役者さんって本当にスゴイです。

しかし、個人的にはこの2人を完全に喰っているのがオリビア・コールマンです。

本当に申し訳ないんですが、オリビア・コールマンさん、全然観てないです。Wikipedia情報ですと「ホット・ファズ」にも出演しているようですが、全然覚えてないですね・・・ですが、この方45歳!私より年下!!しかもレイチェル・ワイズよりも年下!!!全然分かんなかったです!!!!!

構造的に、このオリビア・コールマン扮するアン女王をどちらが気に入られるか?の話しをしています。この、どっちにも自由気ままに肩入れ出来るのに、本人にも、自分の気分を変える事が出来ないエキセントリックな人としてのアン女王の存在感が凄い。

女王、おそらく自由がほぼ効かない状態で、しかも流産や死産を17回も経験している(それだけ世継ぎが重要な事だったとはいえ!)女性の、その上女王の、寂寥感はすさまじいモノがあると思います。しかも、放り出せない責任が、ずしりと全身に覆いかぶさっているという事実を考えると、このようなキャラクターが居たであろうことを十分に想像させます。その上で、その想像の少しだけ斜め上に仕上がっていて、大変面白いです。私はエマ・ストーンもレイチェル・ワイズも好きな俳優さんですが、今作はオリビア・コールマンが断トツで素晴らしいと思います。もう、こういう人にしか見えないです。

全編、女性同士のブラックな騙し合いや駆け引きやマウンティングが続くので、ここを面白い!と捉えられるのであれば、かなり好きな作品になると思いますし、そうでないのであれば、やや評価は落ちると思います。が、ゴージャスな映画である事は間違いありません。私はあまりに女性同士の駆け引きが続くので食傷気味になりましたが、これは私が男性だからで、多分男性同士の騙し合いやらバディ感ある映画だったらかなり好きな作品とか言ってると思うので(例えば最近の映画ですと「ナイスガイズ!」がその典型)、いわゆる私の偏見だと思います。でも、いくら何でも男性が描かれていなさすぎ!とか思ってもいるのですが、多分それだと私が好んで観ている映画はほぼ女性が描かれていない、というご批判には、その通りでございます、とお答えするしかない映画が好きなので、これもまた偏見というモノだと思います。

ただ、ヨルゴス・ランティモス監督作品、という文脈でとらえるのであれば、個人的には物足りない、と感じましたし、こういう映画で言えば「アマデウス」みたいな感じだともっと好きなんですけれど、まぁこれも私の偏見と言えると思います。でも、アマデウスの方が深みを感じてしまうのはなんでなんでしょうかね?ちょっと考えると、恐らく私が女性に、こうであって欲しい、という女性性を勝手に、期待している、という事なのかな?とも思ったりします。もちろん女性同士で争う事ってあるでしょうし、いがみ合う事だって、策略や陰謀だってあってしかるべきだし、それでいいけど、でもあんまり見たいものでもなかったし、それで2時間は結構キツいと感じてしまいました。また、とあるカップルの最初の1日の部屋での描写は、もし女の人だったら可笑しく笑えるとも思いますけれど、私はあんまり笑えなかったなぁ。

でも、そういったフェアネスって重要な事だと言いつつも、好み、の問題として、私はヨルゴス・ランティモス監督監督作品ならやはり断トツで「籠の中の乙女」の不穏さが好きです(でも役者さんのその後を聞くと、ちょっとどうかと思いますけれど)。あくまで、女王陛下に気に入られる、話し。でもその女王の環境、境遇を考えると、やはり悲しいモノを感じました、うさぎ、カワイイのに悲しくなるです。

あと、基本的に史実に沿った(もちろんある程度のフィクショナルを含む)モノである、というのが1番この映画の驚いたところです。女王に何もかもを背負わせておくのはあまりにキツいと思いますけど。

宮廷モノ、女性が争う作品が好きな方にオススメ致します。

「CLIMAX」を観ました

2019年11月5日 (火) 08:36

ギャスパー・ノエ監督       キノフィルムス

ギャスパー・ノエ作品をブログで書いて大丈夫なのか?というくらい衝撃的な作品ばかり撮られている監督です。局地的な人気がある方ですし、ある意味とてもフランスな方でもあります、いろいろな意味で。私が最初に観たのは「カルネ」と「カノン」の2部作でして、とても衝撃的なんですけれど、わざわざなんで映画にするの?と思う人がいる一方、こういう作品を観たかった!という人もいて、大変賛否両論な方でもあります。私は、個人的にどんな映画でも、まず観てみないとワカラナイし、監督は作る自由もあるけれど、観客は自由に受け取る権利があると思います、誤解を含めて。作品は作り終わるまで監督のモノだと思いますけれど、観客が観た瞬間に、観客のモノでもある、と思っています。そういう意味で、ギャスパー・ノエ監督作品は観てみないとワカラナイな、という印象ですし、何が起こるのか?を期待していく人がいる一方、明らかに、ヒドイものを観に着ました、というスタンスの、非常にトンがったファッションの方もいらしていて、不思議な映画体験になりました。でも、どんな映画でも作る自由は保障されて欲しいです、人の命とか権利とか尊厳とかに損害を与えないのであれば。何といっても映画って作り物である訳で、銃で撃たれて死ぬ人が居るように見えて、本当には撃たれてもいないし死んでもいないわけで、そういう意味でいろいろな映画があって欲しいです。

でも、ちょっとギャスパー・ノエは露悪的だと思いますし、処女作の「カルネ」からずっと性的で衝撃的で露悪的で、そして字幕で観客に向けたメッセージを入れる、比較的分かり易い監督だと思ってます。

とある興行的なダンスカンパニーの新作の公演の練習の為に集まったダンサーたち。各地各国の様々な方々が、この興行の為に、そして自分の為に、参加しています。そんな練習の最終日に通し稽古が行われ・・・というのが冒頭です。

作り方も、非常にクライマックスでカタルシスが起こるように、設定されていますし、その作り込みはなかなか徹底されています。まぁギャスパー・ノエ作品ですから当然なのかも知れません。ただ、ドラッギーさで言えば、私は今年だと「海獣の子供」(の感想は こちら )の方が純度が高い上にクオリティも高いと感じました。そして、露悪的、という意味では初期2部作の「カルネ」と「カノン」を超えていないと思うのです。

私がそう感じる理由として、ダンサーとコリオグラファー(振付師)の好みの問題があると思います。ダンサーの方の、大変申し訳ないのだけれど、体形、そして華が圧倒的に好みでなかった。また群舞(コールド)の動きも、少々荒いな、もう少し煮詰められるのでは?とも感じました。ダンサーのクオリティの部分についても、確かに一芸に秀でているとは思える動きもあるのですが、それ以外を引き出せていない、画面の端に映っている場合も、センターで光が当たっている場合も、得意な動きを連発していて、もう少し引き出しがあると思いますし、もっと多彩な動きを振付師は引き出して欲しかったです。物語の無いダンスですと、バランシンをはじめとして、たくさんの方が既にコンテンポラリーダンスとして踊られていますし、そのクオリティは非常に高いと思います。まぁ音楽のクオリティに負けてしまっている、とも思えました。

そういう意味で、このダンスシーンのアゲが感じられないと、後半のオチが落ちなくなってしまうと感じたわけです。

カメラワークとしても、斬新で面白いですし、そこへの翻訳字幕のアイディアも含めて頑張っています。とても面白い。ですが、その為に非常に見にくくもなっています。つまり、見えない、事と、見せない、事は全然別なのではないか?と感じたわけです。会話シーンは大変幼児的な会話が続きますし、まぁお酒に酔ってしまった場合は大抵そういうモノかも知れませんけれど、いくら何でも幼稚ですし、衝撃的の度合いも低いのに、それが見えない、というのは少々鼻白むと感じました。何かが起こっていて見えそう、という作りは観客の目を引き込む手法として分かりますけれど、それが観客に分かってしまうようでは作り込みが甘いと感じられると共に、ある程度は見せてくれないと、とも思うのです。

また、ギャスパー・ノエ作品の定番である、監督が画面いっぱいの字幕を使って語りかけ、ツッコミを入れてくる感じが、少々古い、とも感じてしまいました。でもこれがギャスパー・ノエ作品の面白味でもあってここをどう捉えるのか?によっても評価は分かれると思います。

ショッキングな映画体験、を求めている方に、オススメ致します。

「何者」を見ました

2019年10月28日 (月) 09:12

三浦 大輔監督        東宝

親しい友人と久しぶりに会う事が出来ました。知り合ったのは40代、しかも友人の友人という出会い方をしたのですが、かなりの部分をシンクロ出来る感性の持ち主であり、年下なのに、同級生に感じる何かがあります。こういう友人がもし、高校なり大学の時に居たら、さごかし楽しい学生生活だったことでしょう、と想像する事をどうしてもやめる事が出来ない人です。そんな友人と久しぶりに会って胸襟を開いた会話の中で出てきた、映画、辞書、音楽、兄弟、差別、公益性、残された時間、等々の間に挟まれてオススメされた1本だったので、早速Netflixで見ました。あ、マシュウの話しもしました、何の事だか分かりにくいですよね。

打ち込んでいた演劇を止めて就活する分析が得意なタクト(佐藤健)、そのルームメイトでバンドでボーカルをしてはいたがやはり終止符を打って就活に臨む天然肌のコータロー(菅田将暉)、留学から帰って来たタナベさん、タクトと偶然同じアパートに住む留学経験のあるコバヤカワさん、そのコバヤカワさんの彼で就活に否定的なタカヨシ、の5名の就職活動を描いた作品です。

私は就職活動をした事がありません。ですから、こんなにも大変な事なのだ、という事実に、非常に驚きがありました。職業を決める、とても大変な事ですし、しかも思っていた事が出来るわけでもなく、まさに『あなたは何が出来るの?なんの価値があるの?』と普通の会話では絶対に聞かない、かなり人格を否定されかねない試練になっています。もっと、大学で学んだ事をベースにして決まっていくのかと、勝手に思っていました。もちろんそういう部分もあるのでしょうけれど、就職活動をする人側から見た世界、常識、出来事が怒涛のように映像化されていて、画面からの圧を感じる事が出来ます。

途中まで、それでも企業側だって、多分明確にどういう事を行えば、欲っしている人材かどうか?を判断出来るのか分かっていないのではないか?という『客観性』を感じるヒマを与えてくれてるな、そういう配慮もしている映画だな、などと思っていました・・・

しかし、そんな風に余裕をもって、目の前の事をまずは集中して見ている私、客観的に見ていられる、などと思っている私を、鈍器で殴るかのような衝撃的なラストが待っていました。

就職活動の事だけでも十分圧力のある映画ですけれど、この映画のテーマは、私にとっては、客観性とは何か?という事に尽きると感じました。もちろん内定を獲得する群像劇の話しなんですけれど。

主観、大事な事だと思います。どう感じるのか?何を感じるのか?本人にしか持ちえない、誰とも共有出来ない、価値のあるものです。

しかし、当然、10人いれば10名の違った主観がある。あくまで他者の主観なのでコミュニケーションを取るのは、物凄く苦労しそうです。衝突も共感もあるでしょうけれど、必要だから、コミュニケーションを取るために、客観視する事の重要性はあると思います、この映画を観た後でも、そう言えます。

が、客観視出来ている私、を客観視出来ているつもりになっている人として、客観視されるのは、大変にキツイです。だって100%客観視できる人はいないからです。そして、心で思ってしまう事に、ふたをすることは出来ません。

佐藤健さん、なんとなく松坂桃李さんにも似ている感じでいいですね。初めて見たのに初めてじゃない感じがしました。

また、やはり菅田将暉さんが、とてもイイです。天然で、そういう人のリアルを感じさせてくれます。特に、タクシーの中の演技がリアル過ぎる。ああいう場面が私の未成熟期(ごめんなさい、もしかしたら、というか全然今も未熟です、なにもかも・・・)にあったら、もっと良い人間になれていたかもしれません。この人は物凄く役者として伸びしろのある、とてもイイ役者になりそうな存在感があります。かなり好きになってしまいました、この人が出てる映画は観たくなりますね。

タナベさん、とても可愛らしい。人気もあるんでしょう。でもあんまり印象残らないな、確かに整ってるんですけれど、インパクトに欠けるというか。そういう役柄だからそう見えたのだとしたら、凄い。

そしてコバヤカワさんの凄みというかイジワルな感じ、なかなか出せるもんじゃないのでそこもリアルですね。言葉は良くないのを承知で、胡散臭い感じが出ていて、そこが良かった。

また、全裸監督(の感想は こちら )の山田さんが出演していて、この方は毎回全然違う顔が出来て、凄いですね。

この原作を考えた人、凄いと思います。まだ未見の朝井リョウさんの本はいつか読んでみたい。

とても演劇的な演出が面白いと思いました。特に、タクトが演劇をやっていた、という事で、なんでしょうけれど、凄いです。

就職活動をしたことがある人、そして客観性が重要だと素直に思っている人に、オススメ致します。

アテンション・プリーズ

ココからはネタバレありの感想になります。

大変刺さる映画でしたので、文字にしにくいのですが、そして、そもそもこういう行為をしている自分を刺しにきている映画だったので、余計にキツイのですが、考えをまとめたいので・・・

タクトのやっている事、決して褒められる行為ではありませんが、誰でも『思う』事はしていると思うのです。客観を客観しようとするループはどこまでも出来る気がしますし、そしてそれは平穏からはとても遠い場所に連れて行かれそうです。自分をさらけ出す事、私には全然出来そうにありません。

それでも、タクトがどうすべきだったか?に一定の答えを出しているとも、思います。結局タクトは明らかにタナベさんへの好意を抱えつつ、自分からの1歩を踏み出さない人間として、映画の中では扱われています。そんなタクトが最後に面接官の質問に答えようと、自分の中から湧きだした言葉を紡ぎだしはしましたが、途中で終わってしまいます。それでも、扉を開けてビルから出ていくタクトに、成長を感じられました。内定しかり、恋愛しかり、自分だけでは出来ない事です。タウトは自分の殻から出ない選択をしている、とも言えます、だってそんな事をしてもタナベさんが好きなのはコータローであって自分ではない事を、企業側が求めているのは分析が得意な人間ではない事を、知っているから。そしてその事を客観視しているから。タナベさんと話し出せば変わるかも、という短絡的な、楽観視が出来ない。でもそれもタクトの選んだ選択の結果なので仕方ない。

私はタクトがすべき事は、この映画の中で言えば、『何者』が自分だとバレないようにする事だと思います。悦に入る行為だとしても、誰にも見られなければ、きっと大きな問題にはならなかったと思います。しかし、いつか(既に)気付かされるとは思います、大変生産性の無い、自己愛を愛でるだけの好意であるという事を。

特に、コバヤカワとタカヨシが部屋から出かけ、その2人のツイッターを、コータローとタナベさんに見せるシーンで、既に、崩壊の萌芽があったと思います。コータローも、タナベさんも、タクトの携帯画面を覗いてから、その内容に対してのリアクションが無かった。そして、それは、そこまで調べた事を、わざわざ仲間にまで伝えるか?という事だと思います。タクトは伝わると思っていても、伝わらなかった、ある種のエチケット的なズレ、を感じました。

だからこそ、タカヨシが就活について否定的な、辛辣な意見の後に、自分の感情を吐露するシーンは重要だと思います。タナベさんは本音を面と向かって言える人間である事を証明するシーンとして。大変血が通った行為ですけれど、おそらく現代からすると古い、と捉えられかねない行いとも思える。その点コータローは天然を装い続ける事が出来る、強い。

とてもプライドの高い人に見えたタカヨシが、タクトに頼ってくる最後の出演シーンの重みも、脚本上凄いと思いました。これでは成長していないのはコバヤカワとタクトの2人だけになってしまう。しかもここで観客である受け手に、タクトが就職活動が2年目である事が告げられるの、凄く刺さりますね。

私は目に見えないところでは、脳内では、人が何をどう思おうと、自由だと思います(でも、多分、後ろ暗い事ばかりを考えている人って言葉にしなくとも伝わりそうです)。その身勝手な、醜悪かもしれない欲望も、思うだけなら自由。でも、そんな醜悪な欲望を抱く自分を嫌いになっていく事になると思うのです、客観視する自分がいれば。自らの中に直すべき、変えるべき、改めるべき、何かを気付かせてくれるのは、客観性だと思うので。

それでも、客観視出来てる私は大丈夫、と思ってる私を客観視しされるのは、大変居心地が悪いです。客観視出来ていないかも知れないから、客観視し続けよう、必ず自分の思考の死角はあるのだ、と認めつつも、と思うしかないのだと思います。

「ジョン・ウィック:チャプター2」を見ました

2019年10月25日 (金) 08:57

チャド・スタエルスキ監督        サミット・エンターテイメント

スーツ映画の第2弾です。前作の勅語(?)くらいからの続編です。この作品も私はアクションというよりは、スーツ映画として観ましたけれど、相変わらず素晴らしいスーツを、惜しげもなく、ボロボロにしていきます・・・

ジョン・ウィック(キアヌ・リーヴス)は前作の直後、家に帰って静かに暮らしていたのですが、イタリアンマフィアの人が訪ねてきて・・・というのが冒頭です。

多分ストーリィはどうでもいいんだと思います。アクションが素晴らしい作品なんだと思いますが、アクションについて詳しくないので、私の印象ですと、キアヌの動きがもっさりしている感じ(例えば、ジャッキー・チェンと比べて)がしますし、どんな事が起こっても、キアヌは死なないんだな、という感じがしました。例えば、タマ切れの瞬間は絶対に襲われないし、強敵が現れても必ず倒すんだな、という意味で、とても主観的に感情移入していれば面白いのでしょうけれど、なんか雑に殺される人が多すぎて、まぁそういう世界なんだな、と思うだけですけど、飲み込みにくい感じはしました。

ただ、舞台が美術館で、そこはなかなかスタイリッシュな感じがしましたし、依頼された仕事の顛末は意外で面白かったです。

今回も黒に黒を重ねるスーツが印象的でしたが、ジャケに映っているグレーのスーツもなかなかにいいですね。

とても男児的な発想の天才、孤高、を満足させる映画だと思います。

キアヌ・リーヴスが好きな方にオススメ致します、多分チャプター3は観るのにハードル上がった気がします・・・

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