光武蔵人監督 MAXAM DVD
2026年公開映画/2026年に観た映画 目標52/120 10/34
あの光武蔵人監督の監督主演作です。
あくまで個人的には監督が主演する作品は好みではない事が多く、オーソン・ウェルズ、ウディ・アレン、クリント・イーストウッド、メル・ギブソン、ああ、めっちゃ名監督もいると思いますが・・・もちろん監督で主演されている監督で好きな人もいて、竹中直人、チャールズ・チャップリン、です。もちろんアルフレッド・ヒッチコックくらいの、ちょい役で出てくるくらいが好みです。
そこに、光武蔵人監督も加わりました。凄い。製作面からも、キャラクターも、熟考の上での決断なのだと、理解しました。その上、この映画ではそれが素晴らしい効果をあげています。
砂漠地帯に1台の車が走ってきます。ある地点で男は車を止め・・・というのが冒頭です。
タイトルからしてSAMURAIと謳っていますし、復讐、とも言っていますから、ネタバレにはならないと思いますが、復讐劇で、しかもアメリカを舞台に、剣劇を行なっています。
つまり、師匠である、岡本喜八監督作品「EAST MEETS WEST」の本歌取りを行なっている訳です。非常に胸熱です。
恐らく、監督の好きなモノを全て、情熱を持って注ぎ込んだ作品。
それをアメリカで行っている訳です。これがどれほど凄いことか。想像を絶します。
やっている事は、どれも、あ、アレだ!と言えること多いです。が、そこに愛がある。これが非常に重要で、強い愛を感じました。オマージュ元を指摘するのは簡単だと思います、が、それはあまり重要では無い気がします。
先人の作品、キャラクターを愛して、昇華して、自らの血肉に変え、その光武蔵人版を、新たに描き出しています。
もうてんこ盛り過ぎると思うのですが、この盛り込みが光武監督の持ち味でもあるので、正解だと思います。
相棒役のジェフリー・ジェームズの身体のキレも良いですし、ちょっとヒュー・ジャックマンみがあります。殺陣も素晴らしかったですし、器用な方だと思います。
さらに、復讐劇だと、悪役が非常に重要なんですけれど、その敵役をドミチアーノ・カンジェリさんが演じているのですが、この方の非道さが本当に酷いので、映画にちゃんと乗れているんだと思います。
師匠役の鎌田規昭さんがまた良かったです、この方の顔、凄く光武監督作品に出てくる印象があり、マニアック・ドライバーの主演木村知貴さんにも似ています。
いろいろオマージュ元もありますけれど、私が1番最初に気づいたのは、アレハンドロ・ホドロルスキー監督の「エル・トポ」です。
それと、ナレーションを入れて日本の文化を説明するのも、止め絵でスタイリッシュに過去シーンを差し込むのもとても良かったと思います。
光武蔵人監督が好きな方に、オススメします。
光武監督作品の中では、どうしても1番はマニアック・ドライバーですけれど、甲乙つけ難い傑作だと思いました。
アテンション・プリーズ!
ここからはネタバレありの感想です。未見の方はご遠慮くださいませ。
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ネタバレあり、ですと、
まず、盲狼の造形ですよね。メイキングも観てしまい、光武監督のスケッチも観たのですが、これ美術の人の再現度がヤバい。主演だからこそ、カッコよくしなければならないのに、それだけじゃなく、薄くして風通しよくし、さらに皮製品を用いて重みを出して、ポンチョが風に揺れる、その上それがかっこよく揺れる様は本当に美術の仕事って大切なんだ、と気づかされました。
メイキングまで見ると、余計に、映画への愛、を感じるんですね。このポイントも異常に高い気がします。いやもちろん、どんな映画の現場でも、同じような事は起こっているんでしょうし、規模の小さい、予算の少ない現場では、常に、同じ事が起こっているんだと思います。でも、ここまでパッションがかかっている事、あまり無い気がします。駐車場での車の移動、あまり使わない単語ですけれど、心が動きました。
特殊メイクも1名の方が全てを統括していて、それも驚愕なんですけれど、本当に数が多すぎるくらい多いです。万全の準備をしておかないと、僅かな撮影日数で出来るわけがない。しかも1日でかなりの数の撮影を行っているのが分かりますし、素材は出来るだけ多い方が良いのも分かりますけれど、ほぼほぼ1テイク、もしくは2テイクで行っていて、これもかなりの準備をしないと出来ない。
監督が拘った(とは言え、この映画全てが監督の拘りでしかないわけですが)撮影初日の、冒頭の車でのシーン、あの空と地平線、そして偶然だと思いますが、つむじ風による視覚効果が起こり、まさに西部劇的な決闘シーンになるのは、偶然とは言え、この作品がついてる証に感じました。
7人の刺客、数珠、峰打ち、陰腹、白骨観相(あ、私、この白骨観相の場面の方、造形が好き!)、そして冥府魔道。それぞれに説明が必要な、それでいて日本人でも知らない可能性すらある文化についての説明へのナレーション、まさにEAST MEETS WEST的な事じゃないでしょうか?このナレーション、それもこのナレーターの方のテンション、落ち着いていて諭すような口調、これが凄く良かったし、世界の、海外の人に知ってもらいたい日本の文化!という紹介になってて良かったです。もちろん文化の側面をすべて説明出来るわけではないのだが、知りたければ自分で調べに行ける最初の一歩を提示する事にしているのが、素晴らしい。
東洋と西洋の架け橋で言えば、間違いなく、この作品の表のキーは光武監督ご自身が表しているのだが、裏で支えたのは殺陣指導の方です。ブロンド、ブルーアイの方が東洋人に殺陣を教えている光景、ここに洋の東西を問わない関係が結ばれています。
陰腹知ったの、私は北斗の拳のトキがラオウと闘う際に、剛力を求めて陰腹斬るシーンがあり、すげぇ日本文化こえぇ~ってなりましたよ・・・
日本の文化を、誇大にしているのではなく、嘲笑するのでもなく、映画的に解釈してエンターテイメントにする力こそ、光武監督の作品に通底する味のような気がします。
そして陰腹の実際のシーンの奇跡。綿が宙を舞い、そして突風が吹く、まさに美しくも儚く、諸行無常をシーンで表現、それも奇跡的な瞬間であり、この映画、ついてる。
もちろん座頭市だし子連れ狼だし、ゾンビもいるし、なんならエアロビ映画の要素もあるし、でも西部劇だし、で監督が何が好きなのか?をとても理解出来る作品。
あとカメラを女性が回してるのも驚きましたし、光武プロダクションの非常に若い女性のプロデューサーが、有能!こういう人が周囲にいる、という光武監督の人間力の高さと、縁を手繰り寄せるチカラ、凄いなぁ。
これ、今の方が流行るのではないか?とも思いました。
メイキング映像の中で、光武監督がTシャツ姿で写ってるシーン、The Texas Chain Saw MassacreのTシャツで、そこは、これなんだ!と思いました。
あと、死語かも知れないけれど、サービス、何だと思いますし、その為の撮影の配慮も大変だったでしょうし、役者さんにも負荷がかかるから、気遣いも大変だと思いますが、皆この映画の為、にやってて、その辺を観てしまうと(つまりメイキング)、サービスなんでしょうけれど、なんか目頭が熱くなります。奥さん役も、子供の役者さんも凄く良かったけど、それ以上に、やはり敵役のドミチアーノさんが良過ぎて。
ドミチアーノさん、メイキングというか別で回してるカメラに向かってしゃべってると、恐らくこの人、凄く優しい人で、喋り方も凄く内向的な、内省的な、心を感じます。役者ってスゴイなぁ。
それと、アマンダ・プラマーさんが!!驚愕!全然気づかなかった・・・だって、フィッシャー・キングのリディア!だなんて!!そして、アマンダ・プラマーさん、私の好きな作品にめっちゃ出てる!
「ホテル・ニューハンプシャー」、「ガープの世界」のエレン・ジェイムス!!、「ジョー、満月の島へ行く」、さらに「パルプ・フィクション」のバニー!!そうか、そうでしたか。
こういう地位作品ながらも、大きな俳優を連れてこれるのも、光武監督の凄いコネクションですよね。
作品の完成度もさることながら、作り上げた情熱の方にやられてしまいました。
アダム・エリオット監督 マッドマンエンターテイメント U-NEXT
2026年公開映画/2026年に観た映画 目標52/120 10/33
何と言っても名作「メアリー&マックス」の監督作品ですし、劇場に行きたかったのですが、間に合わず・・・ですが、すぐにU-NEXTさんに来てくれました、ありがたし。
大変に個性的な監督だと思いますし、それでいて、アーティスティックでもなく、しかし、エンターテイメント一辺倒でもない作品を仕上げて来てくれますので、期待大です。
老婆を看取るグレースは・・・というのが冒頭です。
あ、すみませんネガティブな話しではありますが、ラストには希望を感じられる作品ではありますが、そういうの好かない人もいらっしゃると思うので。つまりネアカな人、パーティーピープルには向かない作品。
まず、ガジェットはかなりのアート寄り、なのに、温かみを感じさせるのは、クレイアニメだからだと思います。クレイアニメーションの傑作は本当にたくさんありますが、ピングーを思い浮かべて貰えば良いです。どう考えても温かみを放ちますよね。そもそも私が暗いアニメーションが好きだというのもあるとは思いますが。
しかも物語はビター。過去作の名作「メアリー&マックス」もそうでしたが、この物語も非常にビター。ですが、今回は主人公たちの陥る状況がさらにヘヴィーなので、そして特殊だからこそ、よりキツい感覚になってしまいました・・・ちょっと特殊過ぎる気がしました。
またクレイアニメの造形、オリジナリティがあり、且つ、男性に媚びた感じにしないのが、本当に素晴らしい。ジャパニメーションの、確実に、男性にとって、に媚びた表現は本当に教育としてもダメだと思うし、非常に怖さがあるのですが、この監督には無い。いびつさを面白味を含んで表現出来る事が素晴らしい。
そして、本当にこの監督さんは手紙が大好きです。私も手紙、好きです。書き手や受け手の残留思念を感じる感覚になる事があるのって、モノ、である手触りが重要な気がします。電子メールでは絶対に体感出来ない種類の手触り。槙島聖護も言ってましたね「紙の本を読みなよ」と。
そしてクレイアニメーションも同じですけれど、CGや手書きアニメーションとは違って、手触り感があるんですよ、実在感が、ある。だからこそ、手紙というガジェットが重要視されるんだと思います、とは言え時代設定が1970年代なので、恐らく、監督の実体験を基にしているのではないか?とは思います。監督は同世代だろうな、とは思いました。
生きるとは何か?という話しになるのは「メアリー&マックス」と同じですが、今回はより環境負荷が強い・・・
それでも、生きている事だけで厳しいと感じているすべての人にオススメします。
同時に詩人シルヴィア・プラスが好きな方にも。私は調べて知りましたが、この監督は恐らく私と同じように生と死は等価である、という考えに近いのではないか?と感じました。これからシルヴィア・プラスについては読んでみたい。
アテンション・プリーズ!
ここからはネタバレありの感想になります。ですので、未見の方はご遠慮くださいませ。
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ネタバレあり、ですと、
まず、グレースにとっての初期設定がきつ過ぎる・・・だからこそ、こうなってしまったのだと、理解はするけれど、設定として、キツい・・・
口唇口蓋裂、母親の出産での死、父の境遇と死、里親の性生活の奔放さ、弟との別離、いくらなんでも、です。
そして中でも、夫となるケンは、確かに脂肪を愛していたのかも知れません。しかし、グレースの脂肪を、愛していたのかもしれないのです。それに、グレースは、ピンキーからも指摘されますけれど、自分からは一歩も踏み出していない。ケンを選んだ理由は、ケンがグレースを見つけたから、それだけです。
ここはちょっと引っかかりましたし、ケンには釈明の機会も無かったので、不当な扱いを受けている感覚になります。
カタツムリが悪い訳じゃないし、太っていても良いけれど、自らの選択にのみ価値がある、という考え方に寄らなくとも、あまりに殻に閉じこもった感覚で、それもこの境遇だと仕方ないのかも、とは思いつつ、だからこそのラストのカタルシスがあるわけで、そういうモノなのかも知れません。
全体的には、私は前作「メアリー&マックス」のケセラセラを超えるシーンは無かったと思うのです。今作も素晴らしかったとは言え。
高瀬隼子著 集英社文庫
ラジオでオススメされていた数冊の中で全く知らなかった作者の作品です。オススメの書籍の中で読みたかったのは「いい子のあくび」だったのですが、売り切れてまして。そこで最初の作品を読んでみようと思ったところが、本作だったわけです。
すばる文学賞作品。そして、すばる文学賞、と言えば、私の世代だと、辻仁成になってしまうわけです・・・でも受賞作「ピアニッシモ」は悪くない印象だったんですよ。その後読書から離れてしまったので、その後のすばる文学賞の傾向とかワカラナイのですが、wiki調べですが、現在の選考委員の方々は信頼出来る気はします。
とは言え、初めて読む作家さんです。
そしてあくまで一読者である、浅学菲才の、無知蒙昧、40歳を過ぎて上司から面と向かって「クルクルパー」と言われた事がある、老人の感想とお思い下さい。もちろん文章を書けるわけでもなく、他者を評価したり批評など出来るはずもございません。基本的に何でも忘れてしまう自分の為の文章で、自分の為に書いていますし、少しだけ他者から見られる事を意識する事で、読みやすく配慮するので、このような形にしている訳です。当然ただの感想です。
間橋薫は四国の地方都市出身で同棲している男性である郁也と生活する30歳の女性。持病があり、その事が生活すべてに余波を生んでいます。また女性である事に意識がありますが、性行為に、男性の性欲の暴力性に起因する忌避があり・・・というのが冒頭です。
2020年の作品です。小説で描かれる描写、個人の生活、1970年生まれの私からは大変に変化した、とも思います。
そして非常に素朴に、私の暮らすこの国では恥の文化圏という自認がありますけれど、それも変化しつつあるのだな、という事も理解出来ます。
また、ホモサピエンスの中の、日本という国家における、中でも女性の、生活の優先順位にも変化が生じているし、当然ながら文化として男性優位、強い家父長制の中で育まれた文化に対しての違和感や拒絶感を基にした抵抗みたいなものが、描かれています。
で、それは2000年代ころからずっと続いている世界で、目新しくはないものの、純文学世界でも起こってきているのだな、という認識になりました。凄く新しいわけではないけれど。
選択できる自由を、誰もが手に入れる世界は、フェアで平等である事になりますし、賛成出来る。けれど、その選択には責任が伴い、性別から自由になるのはまだ難しい状況ではないか?と個人的には考えます。
主人公薫は、何かを選択しているようでいて、事実は流されているだけで、しかも、能動的ではなく、状況で決断というか時が来てしまった結果を受け入れている、だけに見えます。
そういう意味では男性における村上春樹的ですらない状況です。『僕』はそれでも最後に決断をしますし。
これは結構前から言われ続けられている事だと思いますけれど、家族よりも個人、を優先させてきた結果、3世代家族は稀有な存在になり(昭和55年 1985年までは全国でも三世代同居は世帯数の中で最大でしたが、令和6年の調査だと5%)、単身者が3割を超え、2050年には4割も超えると予想されています。
身体性で病気の話しなので、一概に否定的なわけではなく、しかも生殖器の話しですし、自然とアイデンティティの話し、その傾向の話しになりやすいし、尾籠な話しとも言えますけれど、その主体が女性である事は、私には珍しい体験でした。しかし、身体内で別の生命をはぐくむって、なかなか怖い体験じゃないでしょうか・・・そして出産って物凄く痛そうで男性にとっては絶対に体験できない世界。だから何も分からない。
でも、同棲相手を選ぶ自由もあるし、そこに関係性の結び方は人それぞれで、今だと性的関係を完全に無にしている事も出来るホモサピエンスもいる可能性もありますし、さらに自由になったので、2025年だと更なる変化が起こっていそうな気がします。
犬のかたちをした何か、とは愛情の対象なんでしょうし、それこそ、愛玩動物に愛情を傾ける事は自然。しかし愛玩動物と、パートナーを同列で比較するのは、かなり違和感がありますし、それを行うと、相手にも同じような比較対象を与える事になるけれど、それは良いのか?という気になります。相手は愛玩動物じゃなく、この小説の場合、金銭的な性的興奮の対価を渡した相手なんですけれど・・・
ただ、感情としては理解出来る気がしますし、それが犬ではなく猫だったら、強い共感を得たと思いますので、理解は出来ていると思います。
そして、そういう一連の感情の動きを自然で善き事柄と捉えるなら、少子化は絶対に止まらないし、それは私は善き事だと、個人的には思います、リチャード・ドーキンスの言う乗り物が、遺伝子という刷り込みを超えて自由を得た事になりますし。また不用意で著しく劣った遺伝子を後世に残す危険が無く、ホモサピエンスにとっても有用。しかし、自分の遺伝子に価値があるかどうかの判断を、他者に任せたり、基準を作る事には反対はしますけれど。あくまで自らの判断のみが価値を持つ訳ですけれど。という事は自死は認められるべき、と捉えられても仕方がないのですが、はい、そう思いますし。
最後まで、この主人公薫の意思は、あまり強調されませんし、雰囲気や惰性、よく言えば今の環境に適応している、とも言える。唯一の決断は、妊娠への翻意、それだけです。
もう1名の対象的重要人物ミナシロさん、こういう人、居そう、とも思えるのですが、合理的判断をしているつもりでも、結局、な部分があり、この話しの為に作り出された、作者の作劇にとって、都合の良いキャラクターになっていて、そこは少し違和感ありました。でも、薫とミナシロさんは凄く似ていて、能動的か受動的か?くらいしか違いが無いのだが、まぁそこが重要なわけですけれど。
女性の方にオススメします。
黒沢明監督 東宝 U-NEXT
2026年公開映画/2026年に観た映画 目標52/120 10/32
コテンラジオの「ギルガメッシュ」編を聞いたので、未見だった本作を観てみよう、という気になりました。ほぼ何が起こるのか?を知ってしまっていますし、コテンラジオでもヤンヤンさんが、あらすじ、というか頭からオシマイまで、ほぼ解説してくれていますし。
しかし、聞くのと、実際に観る、のでは全然違いました。いや、違わないんだけれど、体験として、全然違った。監督黒澤明、巨匠と呼ばれるの分かります、改めて。
ベタな話しとも言えますが、1952年、敗戦からたった7年後の公開映画。そして、その当時の、リアルを、描いてくれています。
知っている、だから観ていなかった、そういう作品、凄く多くなってきていますし、名作と呼ばれるものはやはり実際に観ないと、読まないと、聞かないと、ダメですね。
ネタバレになりたくないし、読んだ人の貴重な機会を奪いたくないので、言えない事が多いけれど、知っている、と思ってみても、全然、全然違いますよ。
ただ、日本語字幕はいれてくれぇぃ・・・
メフィストフェレス、ホントイイ。日常がそれでもアレしなかったの、イイ。
様式美としての葬式。
名作を観たい方に、オススメします。
藤野知明著 文藝春秋
2024年公開のドキュメンタリー映画「どうすればよかったか?」の補完書籍です。映画は本当に凄い映画でしたし、とても考えさせられる映画だったのですが、正直、もう少し情報も欲しいと思いましたが、その補完になる書籍。
読んでいただくしかありませんが、私も精神疾患、という病名の区分に違和感を感じます。もちろん藤野監督に指摘されるまで考えてはいませんでしたけれど、ぼんやりとは理解していたような気がします。恐らく、この問題の発生、もっとはっきり言えばフロイトの功罪によるものではないか?とは思いますが、恐らく、脳疾患のひとつ、という区分で問題ないと思います。
監督として、恐らく今後、さらに厳しい道を歩まれる気もしますし、映像監督の中でも、特に、ドキュメンタリー監督は厳しい環境にあると思います。
そしてエンターテイメント、もっと言うと面白味、笑い、のような感情の上昇を、気分の高揚を、それだけを安易に求める世界になるであろう世界で、興味深い、とか考えさせられる、という愉しみは、忌避される、は言い過ぎだとしても、避けられる傾向にあるでしょうから、です。
しかし、家族という檻、本当に強固過ぎる。絶対に、遺伝子的にも、鎖としても、関係性としても、逃れられない。恐ろしい、と思わない人は幸せなんだろう。私はとても恐ろしいです。
お姉さんの、ピースサイン。
何かのイベント参加された後、片足を挙げてピースサインをするのですが、本当に印象深いです。綺麗とかカワイイとかももちろんあるのですが、生命が自らの意思を持って行動している、精神的な発露としてのピース、に見えるのが神々しい。