井の頭歯科

「パイドロス」を読みました

2010年9月29日 (水) 09:19

プラトン著   藤沢 令夫訳     岩波文庫

ソクラテスという存在、プラトンという弟子、そしてアレクサンドロスの家庭教師の孫弟子アリストテレス、しかしその3人の著作を未だ読んだことが無く、その中で最も挑戦し易そうな作品だったので読んでみました。で、薄い本なのですが、いろいろ注釈が多く、読みやすいにも関わらず時間かかりました。しかし読んでよかったです。

パイドロスという人物とソクラテスがとても現代的(というか普遍的)テーマである「恋」について語り合うという作品です。ただそれだけなのに、その裏にある「弁論術」という、もっと言えば「真実」と「魂」というものについて語った作品です。導入はまさに自然でまるで童話のような自然さです。パイドロスとソクラテスが夏の日差しの中で出会い、その人柄を忍ばせつつ、パイドロスが設問し、それにソクラテスが答えつつ、議論を深めて行きます。

こうした2人による対話方式でのやりとりであるので分かりやすいうえに、なんと言いますか、ソクラテス、という存在そのものが面白く、そしてそのソクラテスが憑依するかのように話すその喩えが、また秀逸でした。もちろん神や魂やそしてその永遠性について、当時と今現在(あるいは個人的な認識でも構わないですけれど)では受け入れ方にかなりの違いがあるのでしょうけれど、それを差し引いても、比喩的表現と考えれば納得できる多神教の中での話しと、私は受け取りました。

「恋」に陥ってしまっているものとの関係について、恋されているものは恋しているものに理解を示すべきではないという論理的弁論術者の意見に対してのソクラテスの「神」の代弁としての反論、理性と人間の関係、2頭の馬の喩えの上手さ、とても面白く読みました。

しかし、中でも1番心に引っかかったのは「文字を学ぶことの弊害」という部分です。これはすさまじく凄い発言だと思いますし、ある意味真理でさえあると納得させられてしまいました。ここでの感想もそうなのですが、なんと言っても文字や言葉をよりよく操る為の、コミュニケーションスキルを訓練する為に始めた部分もあるものですから、結構ショックを受けました。

ソクラテス、に興味のある方にオススメ致します。

友人に誘われ、

2010年9月27日 (月) 09:21

急遽、河原でバーベキューをしました。私はどちらかと言いますとインドア派なのですが、友人が声をかけてくれたので参加しました。

友人の車に乗せていただき、あっという間にキャンプ場に。とてもたくさん食べましたし、途中で焼く係に任命され、悪戦苦闘しました・・・そんな時に友人が写した1枚です。

この後川の中の浅瀬にイスを置いて休憩する、という贅沢を味わいました!

下にちょっぴり私の足が写っていますが、本当に川の中なのです。こんなことが出来るなんてびっくりでした。この後友人オススメの温泉にも入って夏休みを満喫いたしました。

リフレッシュいたしましたので、今日からまた仕事頑張ります!

「ハートロッカー」を見ました

2010年9月25日 (土) 13:46

キャスリン・ビグロー監督     ポニーキャニオン

アカデミー賞作品、そしてちょっとした物議を醸した映画、その物議について興味があったので借りて見ました。物議については後ほど。

イラク戦争の中で行われる「爆弾処理班」のあるチームの1名が爆発によって死亡、そこに補充されるジェームズ軍曹、彼は爆弾処理のスペシャリストです。同僚は先任者の冷静なサンボーン軍曹とちょっとナイーブなエルドリッジ技術兵、しかしジェームズは非常に型破りな、そして天才的な爆弾処理の技術を持つ男でした。チームでの作業にはまるで向かないものの、その技術には誰もが一目置くものがあり、チームの雰囲気は悪くなっていきます。そして・・・というのが冒頭です。

とにかく緊迫感と緊張感のメリハリが利いてますし、キャラクターもいろいろ立っていてイイですし、映像の解析さが抜群です。またドキュメンタリー調の(というかフェイクドキュメンタリー、この間見た「第9地区」もそうでした)映像が妙に臨場感を感じさせます。そして爆弾処理、という極限の仕事を選んだ男を描いた作品なんですが、ジェームズ目線で語られます。そしてそのジェームズが超人的キャラクターとして描かれ、ジェームズに感情移入して見ることが出来る人にとっては心地よいヒロイズムとナルシスティックな快感を得られる映画になっています。ただ、ストーリィとしては正直普通の予想される展開ですし、王道と言えば王道のエンターテイメント映画です。そして映画の冒頭の字幕「戦争は麻薬だ」という部分が気になりました。

少々気になったのは、今エンターテイメントにする題材なんでしょうか?もっとイラクの現実は重く苦しい現実があるでしょうし、もう少し現実に即した描写(爆死するシーンや死体の描写が綺麗すぎる)と奇麗事でないシーンがあっても良かったと思います。アメリカから見たヒロイックな主人公の超人性に乗せ、しかもドキュメンタリー調(ドキュメンタリー ではない)に見せることで戦争や兵士たちの残虐性を肯定するように見えるのがなんとなく恐ろしい感じがします。

個人的には、戦争が麻薬な部分もあると思いますが、極限状態でしかリアルを感じられなくなっていくことには異論ありませんし、確かにその通りな部分は大きいですし「人間」という動物の環境適応能力の一端と考えることも出来ます。また恐らく戦争だけでなく、何にでもアディクションを起こしていく傾向はあると思います。しかし、これはある程度自分からはまっていくように見えますし、ラストの場面に何かしら違和感を感じました。

戦争映画がお好きな方にオススメ致します。

アテンション、プリーズ。

で、ここからネタバレあり、です。

物議はラストをどう捉えるのか?です。正直、ジェームズの子供や家族に対する行動の原理が良く分かりませんでした。自身は離婚しているのに、未だに一緒に家に妻と子供がいる。戦地から電話を掛けてみたりするのに、無言電話。アメリカに帰国した後も日常生活になんの張り合いもなく、元妻との会話も噛み合いません。それなのにどうしてもう1度従軍する気になったのかが、どうしても良く分からない構成になっていると思います。

ジェームズは最初は天才的爆弾処理能力を持ったタフガイだったのが、独断専行、味方の負傷の原因を作り、そしてついには爆弾処理についても不可能なミッションを経験します。そして最後に突然(のように私には見えました)戦場に、イラクに戻って行きますし、生き生きとした雰囲気を醸し出しながら、そして映画は終わるのです。

このアメリカからイラクに戻る、という最後に映画評論家の町山さんは「でもやるんだよ」というスタンスが込められている、と感じ、同じく映画評論家の宇多丸さんは「結局戦争という麻薬という深みにはまっている」と評していたのですが、ここ結構難しい判断だと思いました。

本来、映画や本は読んだり見た受け手の受け取り方が正しいのであって、その受け手が100人いれば100通りの受け方があって正しいと私は考えます。受け手側にも自由があると思うのです。ですから、町山さんの考え方も、宇多丸さんの考え方もありだと思いますし、どうしてそう思ったか、という印象批評しかありえないと考えます。何故なら、作り手(映画監督や作家)が何を意識して作ろうとも、受け手の意識を100%強要することは出来ないのですから。また、作り手が意図しなかった何かに心を動かされることもありますし、監督が「宇宙人のイメージで作って」と言って作ったものを監督は「宇宙人」としては考えていない(製作者にイメージし易い言葉で伝えた可能性)場合もありえますし、それこそ受け手の自由だと思います。もちろん何が画面に映っているのか、ということは大事ですし、それを調べて構築する映画批評もあって良いでしょうけれど。印象批評は批評じゃない可能性ももちろん理解していますけれどね。基本的には誰かと(映画や本の感想なりテーマなりについて)喋りたくなるのが楽しいのですし。私のここでのは完全な趣味の感想ですけれど。

個人的には、戦争翼賛とまではいかないですけれど、ジェームズが戦地に戻っていく理由として何かきっかけが無い以上、映画冒頭の「戦争は麻薬である」という流れに沿ってしまいましたし、その意味でジェームズがより分かりにくい存在に(ヒロイックでナルシスティックで独善的な人間に見える)なったと思います。そして良く考えると、この監督作品で見たことある「ハートブルー」のスリルジャンキーを思い出します。そして確かこの映画もスリルを楽しんでしまうジェームズがいました。一貫とした監督さんですね。でもそれが良いとか悪いとかは個人の判断で良いと思いますし、絶対の正解は実は無いのではないか?と思っています。たとえ学術的にこういう解釈が大方の見方である、とされていても、個人がどう感じるかは自由ですし、そもそも映画批評学というジャンルがあったとしても(かなり面白そうですけど)絶対の真実は無いでしょうから、町山さんの調べ尽くして批評するスタイルは非常に面白いのですが、だからといって正解ではなく、町山さんにとっての正解でしかないと思います。

しかし、「人」としての感覚が異常でないと正常な兵士なんてやり続けられないとは思います。

カテゴリー: 映画 感想 | 1 Comment »

草間彌生観てきました

2010年9月21日 (火) 15:34

武蔵野市立吉祥寺美術館             草間彌生展

ここ数年で知った芸術家の草間さん。もの凄く有名な方でしょうけれど、絵画にも(無論音楽も、美術も、写真も、彫刻も芸術全般に疎いわけですが)無知な私でしたが、気になる作品、あの水玉のかぼちゃ、気になったので観てきました。

水玉と網目の摩訶不思議な世界、遠近感と時間の流れが変わってしまうかのような錯覚を感じさせる作品群の中でも、1番好きな作品はなんと言っても「茜雲」です。

繭のような形の組み合わせをキャンバス一面に描き、そこに夕陽のような色合いの赤系色のグラデーションで描かれているのですが、魅力的です。

もちろん何で好きなのかを上手く言葉に出来ないのですが、ずっと見続けていたくなるような、とにかく時間感覚や遠近感覚の違和感が心地よく刺激になりました。

遠くから見た夕焼け空の雲にも見えますし、雲の中を顕微鏡で覗くとこんな感じに見えるかも、という想像を掻き立てられたり、病理学で見たプレパラートの「癌真珠(ヘマトキシリン=エオシン【HE】染色した癌組織の中心に見える癌細胞の塊)」を思い出させます。

実物は凄く近くでも見られていいですよ!

入館料が100円なのも魅力的!

連休中も、

2010年9月21日 (火) 11:26

カレンダー通り診療致します。

何かありましたらご連絡下さいませ。

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