井の頭歯科

「恐怖の報酬」を見ました

2019年2月26日 (火) 08:58

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督       東和

昨年末に観た「恐怖の報酬 オリジナル完全版」ウィリアム・フリードキン監督作品(の感想は こちら )を見たのですが、オリジナル版のは見ていなかったので、友人にお借りしました。

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督、名匠と言われていますが恥ずかしながら初めて見ました。未見ですけれど「悪魔のような女」が有名ですし、いつか見てみたいと思ってますけれど、日本の映画もそうですけれど、古い洋画もなかなかソフトになっていなくて見にくい環境ですね。特に成瀬己喜男とか岡本喜八とか木下恵介とかフレデリック・ワイズマンとかもう少し見やすい環境になって欲しいです。

南米の場末の何処か。移民が流入していますけれど、職が無く、皆が困っている荒廃した街。そこに暮らすマリオ(イヴ・モンタン)は同じフランスから来た男ジョーと意気投合して生活しています。そのころ油田で事故が起こり、大量のニトログリセリンをトラックで輸送しなければならなくなり・・・というのが冒頭です。

大変緊張感のある、凄い傑作でした。モノクロの画像であっても、観るものを惹きつける魅力のある映画に仕上がっています。サスペンス映画としても傑作だと思います。同窓の先輩がオススメしてくれたのも納得の映画でした。

現代の感覚からすると、テンポはやや遅い感覚にもなりますけれど、それは鑑賞後に感じる事で、観ている間は特にそんな印象は無かったです。

私は見る順番が、リメイク→オリジナルとなってしまったので、逆に新鮮な驚きがありました。このストーリィを思いつくのも凄いですけれど、様々な障害を考え付いて、それを映画的にどう見せるのか?について考え抜かれていて、その点が素晴らしかったです。

きっとどなたも感じるでしょうけれど、ある爆発の場面において、直接的な表現を用いなくとも、スリルフルに出来る事を証明している作品だと思いました。

大きな困難に立ち向かう、という所も非常に盛り上がりますし、男たちの葛藤を経た何か、という部分も素晴らしい傑作。

特にイヴ・モンタンとジョー役の方の関係性の変化には、フリードキン版とは異なった面白さがあると思います。上手い役者さんだと思いますし、対比としての4人のドライバーの関係も面白いですね。

完全な好みの話しですけれど、私はマジックリアリズムをCGを使わないで映像化した、という点において、フリードキン版の完全版が好みでした。

恐怖の報酬とは何か?気になる方に、オススメ致します。

ヨハン・シュトラウスの『美しく青きドナウ』のエンディングの衝撃も本当に素晴らしいです。

「この世に私の居場所なんてない」を見ました と アカデミー賞とかの『賞』について

2019年2月22日 (金) 09:28

メイコン・ブレア監督          Netflix

アカデミー賞ノミネート映画もいろいろと劇場で上映されていますけど、いろいろ仕事が忙しすぎてなかなか劇場に行けません。でもそんな私にもNetflixは見る事が出来ます。嬉しいかぎりです。タイトルが面白そうだったので、視聴しました。

看護助手として働くルースは、世の中のルールをいとも簡単に破る人々に憤慨しています。犬の散歩の途中に犬のフンを掃除出来ない男、レジにちゃんと並べない女、悪意を簡単に口にする患者、そんな人たちにいらいらしています。そんな時に家に帰ると空き巣の被害に遭い・・・というのが冒頭です。

社会に認めて貰えない女性が、社会への鬱憤を感じ、警察にも協力してもらえない事から、自ら犯人を捜していく過程を経て、自警団のような義憤を晴らしていく展開のブラックコメディです。タイトルである「この世に私の居場所なんてない」は原題ですと『I  Don’t  Feel  at  Home  in  This  Anymore』となっていて微妙にニュアンスが違う気がしますけど、まぁよくある事ですね。

自警団という形をとる義憤に満ちた人の開放、という意味ですと、とても男性的な感情な気がしてましたけど、女性だって感じる事があると思います、というか同じくらい感じていても、自警団という形は取りにくいという事だと思います。男性自警団モノといえば、「キックアス」マシュー・ボーン監督、「スーパー!」ジェームス・ガン監督、「ディフェンドー」ピーター・スティッビング監督という非常に関連性の高くて面白いほぼ同時期の3作品が有名ですけれど、その女性版と言ってもいいような話でした。

対世界との関係性の話しは、個人的には結局自分との葛藤の話しだと思ってます。世界は変えられないけど自分は変える事が出来る、という決着が多いように思いますし。そういう意味では女性だったら?という意味で面白くもありましたし、予想を超えるものでは無かった、とも思いました。

とても綺麗な結末で、特に思いを馳せる部分が少なかったのも、トラウマ級の驚きも無かったですが、それでも、観ている間は、頑張れルース!という気持ちになっています。あ、どうしてもルースって聞くと名作「フライド・グリーン・トマト」を思い出します。本当に名作。

それと、後から気が付きましたけど、ルースの相棒になる男をイライジャ・フロド・ウッドが演じていて、これがかなり別人に見えて良かったです、さすが役者さん!主人公のルースよりも断然好感の持てるキャラクターで、正直とても良かったです。ブラックコメディは、時に非常にご都合主義に陥りやすくなりますから(今作もその範疇に入っている部分も大いにあります)、その点を中和してくれるキャラクターで本当に良かったです。ちゃんと謝る、不快感の理由を相棒にも率直に言える、基本的には同志、という3点がとても気に入りました。自己評価もすっごく頷けてしまった。

先ほど挙げた3作品で言うと特に「スーパー!」ジェームス・ガン監督作品が好きな方に、オススメ致します。

で、またアカデミー賞の時期が来ましたね。私は基本的に『賞』にあまり、いや全然興味が湧きません。アカデミー賞(でも芥川賞でも直木賞でもノーベル賞でも何でもいいですけれど・・・)を獲る為に作られた作品ってまず面白くないのが90%だと思ってます。この作品がどうしても作りたい、という気持ちではなく、結局のところ、自己承認欲求を基にして、その為の傾向と対策を意識する事になり、結果くだらない作品になると思っています。

あくまで『賞』を受賞する事は、作品を作り上げた結果だと思うのです。まぁそれでも、普段映画を見ない人(芥川賞とかでしたら、普段本を読まない人)が見に行った映画がヒットした映画、という事になるので、興行的には時々ヒット作品が無いと映画会社が存続しなくなってしまいますから、仕方のない事なのかも知れません。芥川賞と直木賞作品は2月と8月に掲載する雑誌「文藝春秋」の編集者であった菊池寛が作り上げた『賞』なのですが、何故2月と8月にしたのか?と調べた事がありまして・・・なんでか?と言えばこの『賞』を創設したのは、そもそも優れた文学作品を広める事もありましょうけれど、それよりも雑誌の売り上げが最も少ない月が2月と8月だったからなんですね・・・まぁだいたいにおいて、そもそも『賞』ってそういう傾向のモノだと思います。

まぁ過去の受賞作品を見ても好みの傾向に当てはまらないのであまり興味が無いのですが、アカデミー賞を予想する人(それも、自分にルールを課してストイックにしている人)には興味があったりします、自分でも不思議です。メラニーさん(一般人)の予想、すっごく面白いと思ってここ3年アカデミー賞に、少しだけ興味出てきました。ただ、メラニーさん(一般人)のアカデミー賞熱はさっぱり理解出来ないけど、その予想の立て方と楽しみ方には好意持てました。

「バニラスカイ」を見ました

2019年2月18日 (月) 08:53

キャメロン・クロウ監督       パラマウント

Netflixって本当にいろいろな映画があります。トム・クルーズさんと言えば、80年代頃からずっと第一線で活躍されている大スターです。そしてキャリアの中で、アクション俳優にもなるという稀有な方だと思います、アクション俳優は途中からなる人は私はトムさんの他に知りません。多分、トムさんが行ったからこそ、キアヌ・リーヴスとかニコラス・ケイジが同じ道を歩んでいるように見えますけど、アクションに対する向き合い方がちょっと突き抜けています。比較対象にされるのがジャッキー・チェンになってしまう俳優さんってまずいないと思いますし。

同時に、サイエントロジーという『宗教』の広告塔でもあり、なかなか複雑な方なんだろうと思います。信仰の自由はあるので、誰が何を信じていても構わないとは思いますけれど。

最初にトムさんを意識したのは、やはり「トップ・ガン」でしょうね。1986年の映画です、物凄く昔の感じもするし、つい最近な監事にもなりますけど、今から33年前ですから、もうかなり昔の話しです。それ以降、大作で言えば「レインマン」、「ハスラー2」、「カクテル」、「7月4日に生まれて」、「アイズ ワイド シャット」数え上げられないくらいに出演していますね。でも私が最も好きなトムさんの作品は、スペイン映画「オープン ユア アイズ」のリメイク作品であるこの『バニラスカイ』です。久しぶりにNetflixで見かけたので視聴したのですが、やはりとても面白い映画だと思いました。まぁ私の好きな傾向の作品とも言えるのですけど。

殺人容疑で逮捕された男デイビッド(トム・クルーズ)は、精神科医に尋問されています。デイビッドは仮面を被っていて、言動も支離滅裂であり、混乱している事が伺えます。しかも自暴自棄な感じもしますし、でも、だからこそこの男が何をしたのか?が気になって・・・というのが冒頭です。

基本的には映画は何も知らないで観るのが1番楽しめます。今は情報を閉ざす事に意味がある時代になってしまっていますし。

でも、ずいぶん前の映画ですし、何でこの映画がこんなにも魅力的なのか?というのを箇条書きにすると、

1ハンサムで金持ちで、という男が痛い目を見る

2何が現実なのか?分からなくなるクラクラ感

3それでもある選択をする勇気

4旬な人物の美しさ

という事だと思います。この映画に出てくる3名の主役、デイビッド役のトム・クルーズ、恋人役のキャメロン・ディアス、運命の女にペネロペ・クルス、という旬な役者さんが集まっただけでも凄いのですが、ココにデイビッドの親友役のジェイソン・リーも何気にいい雰囲気に花を添えていますし、ティルダ・スウィントンも、そしてマイケル・シャノンまでも端役で出てきます。そういう意味で大変豪華な映画とも言えると思います。

タイトルのバニラスカイの意味を考えるのも、とても刺激的な映画です。映像も、少し古く感じるかもですが、当時としては素晴らしくクリアで、冒頭の誰もいないシーン、ラストのバニラスカイ、そしてふんだんに散りばめられたペネロペ・クルスの笑顔が大変印象的で華やかです。

また、大変重要な場面でかかる、ある曲がかかるんですけれど、すっごくイイです。場面と音楽が融合してて素晴らしいと思います。

トム・クルーズの映画が好きな人にオススメ致します。

「バーニング 劇場版」を観ました

2019年2月12日 (火) 08:41

イ・チャンドン監督     ツインズ

村上春樹さんの短編小説「納屋を焼く」を基にした映画を、「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン監督が撮るなんて、とても不思議な組み合わせだと思います。

村上春樹さんの本を揶揄するのは、すっごく簡単な自己承認だと、個人的には感じますけれど(特に、読まないで批判するのは本当にどうかと思いますね)、まぁそれくらい売れている、読まれている作家であるのは事実だと思いますし、初期の、1度英語で書いてから日本語に翻訳した事で生まれた消毒したかのような文体は、今では普通の事になってしまいましたけれど、その当時は本当にショッキングな出来事だったと思います。「僕」という1人称を使う事で、誰しもが『この本は私の事が書いてある』と思わせるトリッキーな(その当時はトリッキーでさえあったと思います)文体は、本当に中毒性が高かったと思います。まぁだからと言ってどの作品も高い評価に値するか?と言われれば好みの問題もありますけれど。今回の短編「納屋を焼く」はなかなか面白く出来上がっていて、私は好きな作品です。と言っても読んだのは高校卒業前か、大学生になるくらいなので、遠い昔の、今から30年くらい前の話しですけれど・・・でもね、嫌いな人の言い分ももちろん分かりますよ、こんなに熱量の低い上に、上っ面だと非常に上から目線なメンドクサイ人の話しなんて、嫌いな人がいて当然だとも思います。もちろん作者も分かった上でやってると思いますけれどね。

さらに、イ・チャンドン監督は私は「シークレット・サンシャイン」しか見てないんですけれど、もうすっごく入り組んだ作品になってて、レイヤーが何層にもなっていますし、物凄く高度に、様々な解釈が出来る作品です。しかも割合ストレートに『救い』を扱っていて、しかもかなり宗教性を、これでもか、と言わんばかりに批判しています。通過した上での批判なので大変に厳しいと思いますし、私の個人的な捉え方に近いので、その分心地よくさえあります。神とは何か?と考えた時に、理不尽を乗り越える為に、人が、神という概念を作り上げた、と思う方が自然だと私は思っています。無神論を信仰しているようなものです。イ・チャンドン監督は扱うテーマもですけれど、大変重い、ヘヴィーなトピックを扱っていますし、その突き抜け方、映画のラストが、そこまでしなくとも、これは映画なんだから、という部分を超えてくるのが好みです。ただ、初期作品がDVDになっているのか?いないのか?分かりませんけれど、なかなか見られません。是非早くNetflix等視聴しやすい環境に入って欲しいです。

そんな原作を、そんな監督が映画化するなんて、きっと面白い事になるに違いない、と、かなりテンションを上げて、期待値も上げて足を運んだので、まぁだいたい空振りに終わる傾向にあるんですけれど、これが予想を裏切ってかなり良かったです。

兵役を終え、大学も卒業したのですが、就職できずにアルバイトをしているイ・ジョンスは、偶然幼馴染のヘミと再会します。ヘミはどういうわけかジョンスを好意的に受け入れてくれ、旅行中に猫の餌やりを頼み、アフリカへと旅立つのですが・・・というのが冒頭です。

ほぼ途中までは原作通りに進みます。その描写、風景、演出、かなりある種の村上春樹臭が抜け落ちていて、これは嫌いな人にも受け入れられやすいのではないか?と感じました。いわゆる『僕』=イ・ジョンスなのですけれど、原作では作家の自分であったのに対して、名前を持ち、都市生活者ではないリアルな、しかしどこかで世間とは距離を保ちつつ判断を保留したままにみえるジョンスは、この物語の主人公としても、村上作品の主人公としても成り立つキャラクターに仕上がっています。

とにかく、イ・チャンドン監督の映画が好きな方、村上春樹は読んだ事が無い方にオススメしたい映画です。

アテンション・プリーズ!

久々に、どうしてもネタバレありの感想をまとめてみたくなりました。というか、ネタバレしないで感想がまとまらないのです。咀嚼に非常に時間のかかる映画体験だと思います。いかようにでも解釈できるけれど、私なりの正解をみつけてみたくなり、文章にしています。ですので、ネタバレあります。どうか鑑賞された方に、興味のある方に読んでいただきたいです。

特に幼馴染、というだけで急速に近づくこの2人の関係、という意味ではとても村上春樹的なんですけれど、でも、何処か、現実味、リアルさが薄くなっているように感じます。これは、昨年見た『アンダー・ザ・シルバーレイク』(の感想は こちら )っぽさとも言えると思います。しかし、この作品は、もう少しリアルに、現実にコミットメントしている気がしました。何処までが映画内リアルでどこからイ・ジョンスの妄想なのか?が判然としない上、小説家を目指している、と言いつつ文章を書いている場面がほとんどないのも、何かを暗喩しているようでもあります。それでも『アンダー・ザ・シルバーレイク』のような突拍子の無さ、荒唐無稽さは、より少ない分、しかし真綿で首を締めるが如くの、現実に締め出される憔悴感があり、それも現代韓国の若者の失業率の高さという事実を伴なっているので、さらにリアルなように感じました。

主演の3名、小説家志望の本当にさえない感じの男性イ・ジョンス、整形をしたことを公言しつつ何処か浮遊感のある女性ヘミ、まさに現代のギャツビー的なアッパーな生活をする謎の男ベンは、皆とても良かったと思いますし、原作の名シーンのひとつであるグラスを行うシーンからの、メタファーとしての、そしてその言葉の意味としても強いタイトルにもなっている『納屋(ビニールハウス)を焼く』という言葉が生まれるシーンは、自然光の中、暮れゆくオレンジから濃紺へのグラデーションといわゆるマジックアワーをバックにしたヘミのダンスシーン、異常に、恐ろしいくらいに美しく、かかる音楽の、マイルスだと思いますけど、悪魔的に美しく蠱惑的なのに、現実が解けて消えていくかのような恐怖もあって、鳥肌モノでした。このシーンだけでも観る価値があります。

さらに、ヘミと連絡が取れなくなった後、原作と少し異なり、偶然出会うのではなく、ストーキングする事で、よりイ・ジョンスがベンに執着を持つようなニュアンスが追加された、再会シーンは、なかなか迫力もあったと思います。

無言電話のシークエンスは「嘔吐1979」っぽさであり、井戸に落ちるシークエンスは「ノルウェイの森」の冒頭のようでも「ねじまき鳥クロニクル」的でもあり、貯水湖に佇むベンを車の反対側から見るジョンスは、よくあるあちらとこちらの世界の対比「スプートニクの恋人」のようであり、そんなような村上春樹っぽさもたくさん出てきますけれど、スモールハンガーとグレートハンガーや、ストーカー行為に至る部分、グラスのシーンに付け加えられている「私はヘミを愛しています」という告白、さらにヘミに対して「男の前で服を脱ぐ女は娼婦だ」というセリフ、さらにさらに、後半3~40分の部分については完全にイ・チャンドン監督のオリジナル要素だと言えます。まるで、レイモンド・カーヴァ―のいくつかの短編小説とそれを基に組み上げられた中編小説が存在するかのような、新たな結末を求めて別バージョンが存在するかのような作りになっています。

個人的に、いくつかのシーンが何故差し込まれたのか?不明な部分があります。父の残した鍵束からナイフを見つけるシーン(ああ、何処かでナイフをジョンスが使うのだな、という観客の思い込みを誘う点、しかも野球のバットでは無い)、貯水湖に佇むシーン、実際にビニールハウスが燃えている場面に現れる男の子がジョンスなのかベンなのか判然としない点、唐突に差し込まれる教会のシーン、母親の突然の再会(と言いつつも観客には 本当の 母なのか?回想シーンも写真シーンも無く判断出来ない点)、父の裁判にまで足を運びながらもその後の繋がりが無い事、ヘミ失踪後の部屋での添い寝シーン、この辺りの関連性が、もうひとつ読み込めなかったです。もちろん曖昧模糊にしておくためのシーンなのかも知れませんけれど、細部にまで拘るイ・チャンドン監督作品ですから、もっと意味があると感じました、そこをまだ掬い取る事が出来なかった消化不良感があります。

それでもなお、個人的にこの映画のリアル、ナイフをかなり初期に出している点等、様々に考えあぐねた結果、私はジョンスがベンを刺したのは映画内リアルだと受け取りました。

ベンがヘミの失踪に関わっているのか?については、恐らく、関わっているだろう。関わっているのであれば、それは殺害を含む何らかの行為が行われたと考えるのが自然だと思います。が、映画の中では、その点は完全には判明しません。受け手である観客がいかようにでも解釈出来るような映画になっています。

それでも、確固たる証拠がなくとも、ストーカー行為まで行い、自身は最初は覚えていなかったのにベンからヘミがジョンスに特別な好意を持っていた事を知る事で、記憶までねつ造されてしまったかのように井戸に拘るジョンスにとって、ヘミを奪ったのはベンであり、自分との生活ギャップを見せつけられた事での、そしてヘミを奪ったベンを許す事が出来なかったのだと理解しました。感情的な出口が殺害を経て衣服さえ脱ぎ捨てる事で、まるで生まれ変わったかのような、ジョンスのある意味の再生を描いているのだと感じました。その後に警察によって捕まり司法によって裁かれるとしても。

ベンの、何もかもを手に入れているからこその、何事にも飽きていて、死を遠してしか生を感じられないとすると、五反田くんや綿谷を想像しないわけには行かなかったです。まさにギャッツビー的なキャラクターですね。

ボイルが生きていて、本当に良かったです。

「ドント・ブリーズ」を見ました

2019年2月8日 (金) 09:00

フェデ・アルバレス監督       ソニー・ピクチャーズ

tbsラジオのアト6という番組の『視覚障碍者たちの〈見えている〉世界とは?』という特集を聞いていてテクストに挙げられていた映画なので観ました。この特集が素晴らしく面白い特集で、知的興奮を感じました。この作品、ホラーという事になっていますけれど、すっごく上質な作りになっていて、確かに面白かったです。ホラー作品の形を採っていますけれど、上質なサスペンスでもあります。

過疎の進むデトロイト。住民も皆が逃げ出すような、ゴーストタウンのような街並みもあるのですが、3人の若者が空き巣に入っています。ロッキー(ジョーン・レヴィ)はその中で唯一の女性、リーダー各のマネーと付き合っています。実は空き巣に入っているのはもう1名のアレックスの親が営む警備会社の顧客なので、簡単に侵入出来ているのです。ロッキーは親に育児放棄されているような状況で、しかし幼い妹の為に大金を稼いで家を出たいと思っています。そんな3人組に、新たな情報が・・・というのが冒頭です。

この冒頭のシークエンスも驚異的に濃縮されているのですが、手際が良くて素晴らしい上にテクニカルです。が、それも納得でして、全編で88分!90分を切る短さなんですけれど、素晴らしくコンパクトで無駄なシーンが1つもないくらいソリッドです。しかも創意工夫がものすごくされていて、まぁこの映画はほぼ一軒家の中でしか動かないのですけれど、この一軒家の構造、何処に、何が、置いてあったのか?が最初のシークエンス(多分シームレスに1カットに収まっていますけれど、ここは編集してると思います)で理解できるようなカメラワークになっていて、しかも、それは侵入者だから部屋を一つ一つ調べるというちゃんとした動機の上で行っていて、本当に素晴らしい出来栄えです。

ネタバレなしの感想なので、詳しい事は言えないのですが、とにかく様々な画面での変化が起こります。それも、具体的にはとても理にかなっな理由があって、起こるので納得度が大きいです。見るキッカケとして視覚障害の話しをしてしまいましたし、予告映像でも出てきてしまうのでお話しすると、襲われる家の家主が視覚障碍者なんです。しかしこの視覚障碍者である事を逆手に取った様々な工夫が本当に素晴らしいのです。

映画を撮る上での工夫に満ちていて、本当に面白かったです。ホラー作品、というだけで避けてしまっていたので、キッカケがあって本当に良かったです。

サスペンスが好きな方に、オススメ致します。

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