井の頭歯科

「チチカット・フォーリーズ」を観ました

2015年2月27日 (金) 09:49

フレデリック・ワイズマン監督    シネマヴェーラ渋谷

尊敬する小説家金井美恵子いわく「私にお金があったら、ワイズマンに出資してたくさん映画を撮らせるのに」とまで言っているので昔から興味あって、いくつかの作品を見ていますが、とにかく観難い上映なんです。作品があまりDVDがなっていない上、劇場でもなかなかかかりません。観たことがあるのは僅かに「アメリカン・バレエ・シアターの世界」、「DV-ドメスティック・バイオレンス」、「動物園」、「パリ・オペラ座のすべて」(ドキュメンタリーとしてもバレエを扱った映画としても傑作)くらいです。いつか「肉」、「法と秩序」、「病院」、「高校」、「臨死」とか観たいです。

そんな中で珍しく渋谷でかかったので観てきました!しかも、長編第1作つまりデビュー作、「チチカット・フォーリーズ」です。ずっと観たかった!
この作品は1967年にマサチューセッツにある精神病犯罪者の為の矯正院のドキュメンタリー映画です。で、そのまま公開出来ずに裁判沙汰になり、長い裁判期間を経て、なんと1991年に初公開されました。

ワイズマン作品はナレーションがありませんし、BGMもありません、説明もないですし、とにかく事実というか見たままのすべてが映っていて、非常にソリッドな作品と言えると思います。日本人だともう想田和弘さん(まぁ想田さんが踏襲しているのですけど)なわけです。

御年85歳、今も現役(あ、ちょっと調べてみたらイーストウッド監督と同じ年なんで、ホドロフスキー監督も!)、そんな監督の長編デビュー作です。

アテンション・プリーズ!


どうしてもネタバレを含みます。あくまで一視聴者である私の感想です。出来れば興味のある方に読んでいただきたいです。これから見ようと思ってネタバレは読みたくない人はご遠慮ください。

なかなか見れる作品じゃありませんし、興味のある方が読んでいただけたら嬉しいです。とにかくショッキングな映画です。以下ネタバレを含む表現をします、ご了承ください。

冒頭、舞台の上に8人の男が2列に並んで三角帽子を被りながら手を不自然に拍子に合わせ、バタつかせる様を映し出します。何かの慰安、もしくはパーティなのでしょう。男たちの踊る後ろの壁に「Titicut Follies」と書いてある ように 見えます。音楽は楽しい曲ですし、歌も皆がうたってはいます、が、そこにはとて不穏な空気が流れています。どうしようもなく「いびつ」で「演じさせられている」感が充満しているのです。歌い手の男たちの声は揃わず、視線もバラバラで、隣の男の真似をすれば良い、と思っている様が伝わってきます。誰も楽しそうな曲なのに楽しそうに歌っていないのです。両手に30㎝くらいの棒を持ち、その棒の先にはお情け程度のボンボン(チアリーディングに使われるソレ)がついていますが、華やかさを演出するものであるのに、とても定まらない感情を呼び起こします。曲が終わるとスーツに身を包み、少々大柄ではすまない身体を持った、非常に陽気で顔が自信に満ち溢れ、しかしどこか目の笑っていない男が現れ、客席に向かって(カメラは客席側から動かないで撮っています、ズームはします)、「少々準備が必要なので、私がその間に小噺をしよう、私だって小噺くらいするんだぞ」と話だし、面白くもない話しをしゃべりだすのですが、その様が『虚栄心』と額に書いてあるように感じさせます、しかし誰も何もしない、観客の笑い声も普通に聞こえますし、どこか、何かが、変なのですが、それが何処と正確に指せないがために変な時間が経過していく、誰もが1度は経験したことがある奇妙な、そんな時間を思い出させます。

少し描写するだけで(こんな描写では本当に僅かな情報しか伝えられていません!)こんな感じなんですが、映像の中の情報が多彩で圧倒的に量が多く感じます、人は(というか私は)それを「集中力のいる作品」という括り方をしていますが、本当に集中力を必要としますし、その代わりに他では得難い体験となります。
ある場面では、精神科医と思しき男が、囚人に向けてカウンセリングをしているのですが、直接的な言葉を用いながら続けられるので、とても気持ちの良くない言葉が飛び交います。ドメスティックバイオレンス、ペドフィリア、をもっと直接的な言葉を使って行われます。衝撃的な事実も囚人から発せられますし(私は少しオカシイかもしれないが、私とはこういうモノであるし、どうしようもないじゃないか?という趣旨)、カウンセリングは続いていくのですが、この直接的な言葉と、精神科医の態度(喫煙しながら)、受ける囚人側の感情の無のさ、様々なものから、この2人の人間が本当に存在するのか?なんだか疑わしく感じられる瞬間と、恐ろしいまでの1960年代の現実の両方が入り混じった感情を惹起させます。

またある場面では、囚人の集団がてんでバラバラに行動している様を映しているのですが、ずっと陰謀論(アメリカは戦争に巻き込まれるだの、ある事ない事を言い立ててはその答えを自分で言う、最後には自分をキリストだとも言う)をしゃべり続ける男、目の焦点の定まらない男、様々な男が映っているが、誰もカメラを気にしている様子が伺えない。目線がカメラの方に向かないし、避けている素振りも見せない。何かが変なのです。

独房に入っている男を火曜日だけ外に出してやる、と言いながら看守がカギを開けるシークエンスも非常に不安定感があります。囚人の男は衣服を身につけておらず(この映画の中では ぼかし は存在しませんし、避けるアングルを意図的に撮る事もありません、普通に画面に見たままが写されます)、常におびえているようでもあり、早く部屋に戻りたがっているようでもあります。看守たちは、数人で「部屋を汚すな」、「気分はいいか?」とか話しかけるのですが、男はあまり答えようとはしないのですが、時折「気を付ける」とか「汚さない」とか言うのですが、看守たちはそれが聞こえているにもかかわらず、聞こえていないように振る舞うのです。男は身体を洗われて部屋に帰ると、ずっと地団駄を踏むように、床を何度も繰り返し踏みつけるのです。
私が最も印象に、いや頭の中に映像がこびりついたのは、中庭で精神科医に話しかけるある囚人の男です(画像の右の男)。男は「私は全くオカシくないし、この中に居たら本当におかしくなってしまう、先生早く出してください」という趣旨の発言を繰り返すのです。この繰り返す様が、切実でありながらも何処か狂気も感じさせます。そのうえこの精神科医の言葉使い(はっきり言って私は全く英語が喋れませんし、聞き取り能力も4歳児並だという自覚もあります、が、それなのに、この精神科医の使う英語に、とても分かり易い発音と共に、何かしらの狂気も感じるのです、とても怖い喋り方をするのです!でも聞き取れるのがまた怖い)が恐ろしく丁寧でありながらも、やはり狂気を含んでいるように感じられます。つまり、この精神科医と囚人のどちらが本物なのか、いや本当なのかが全然分からなくなってくる怖さがあります。
仮に、囚人の立場に立てば、彼の狂気に駆られたかのように精神科医に食って掛かるのも理解できるのです、それまでの映像を見ていると、とてもまともな精神状態を保てなくなる世界なんです。と同時に精神科医の立場に立てば、当時の医療レベルやこの施設の設備、判断基準がこの世で最も劣悪とも思えない気もしてきます。非常に不安定な心持にさせられるのです。でも考えずにはいられないのです。

2人の話し合いは平行線を辿るのですが、この平行線があまりに平行線過ぎて、同じ話題を会話にしているように見えないのです。あくまで精神科医は囚人をオカシイと思い込み、囚人は自分の正常さを訴えようとするのですが、まるでカフカの小説のような不条理感と恐ろしさを感じるのです。

映画の終盤、審問のような場が設けられ、先の囚人、精神科医、施設職員、施設長等が集められ、囚人を取り囲むように座りながら、囚人に話しかけます。囚人は熱く自分が正常である事を訴え続け、その様が熱く見える事は理解した上での事だとまで言い続けるのです。そして、この施設に居る事が自分にとって良くないのだと、訴えるのですが、判断する側はあくまで囚人を「パラノイアだ」、「典型的なパラノイア症状だ」と言い続け、結局囚人は元に戻されるのです。

この当時の医学レベルは私には分かりませんが、映像に映っている様を見ると、判断する側の判断基準が非常に先入観を持って判断しているようにも見えますし、囚人が狂気に駆られているようにも観え、本当に恐ろしいです。
この映画の最もショッキングな部分はあえて触れません。これまでだけでもショッキングなのに、もっとショッキングな事があるのです。しかし、この恐ろしくショッキングな一連のシークエンスの中で、監督フレデリック・ワイズマンが、私の見た中で唯一、カットとカットの間に差し込むという編集を行っているのです!そうか、ワイズマンも最初は編集してたんだな、と深く頷いてしまいました。ワイズマンの手法も最初から出来上がっていたわけでは無いんだと知れた事は良かったです。まぁそれ以上に「事実」のショッキングさにやられたわけですけど(こうして感想に書き留めようと思ったからこそ気づけたわけで、鑑賞時は全然気にならなかったです)。

映画が終わると、字幕で「この映画は1967年に合衆国裁判所の判断により上映を禁止され、上映の許可が下りたのは1991年であり、以下の文章を付け加える事で、初めて上映の許可が出た」

「この映画の撮影の後マサチューセッツ州立ブリッジウォーター矯正院はシステムと環境の改善を行った」

という文章が出て暗転。

本当に最後までショッキングで事実だけを絶えず目の前に映し出す監督です。こういう作品見ると、ホラー作品が観られなくなるという欠点はあると思います、正直ホラーより現実の方が何倍も恐ろしいですから・・・ありきたりな意見ですが、幽霊、宇宙人、妖怪、殺人鬼、超常現象なんかより生身の人間の方がずっと恐ろしいです。きっと映画を見るまで、この看守の人たちだって自分がどれほど逸脱した状況に置かれているかを理解出来てなかったと思います、看守の人たちが観たのかどうかは別としても。

そういえばワイズマンは監督になる前は弁護士なんですよ。そういう意味でも凄い。

ドキュメンタリー作品に興味のある方にオススメ致します。

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演奏会

2015年2月20日 (金) 11:45

先週、細々と続けている吹奏楽の、本当に小さな発表の場がありました。

今回は道化師という曲を演奏するのに、ソプラノサックスが必要だったので、今回はソプラノにも挑戦しましたが、本当に難しい楽器です。写真の左側がソプラノサックスで、右側がアルトサックスです。

メンバーの方々ともかなり仲良くなってきて、良い感じで演奏に臨めました。まぁ演奏そのものはもう少しレベルを上げなければいけないのですが、楽しい、という演奏者の感覚は伝わったのではないか?という手ごたえがあります。手ごたえなんて感じたのは初めての事です。メンバーの方々と何かを作っていく過程も楽しかったです、もう少し時間があればなぁ。

もう少し頑張りたいです。

「サイドウェイ」を見ました

2015年2月13日 (金) 09:32

アレキサンダー・ペイン監督    20世紀フォックス

「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」が面白かったので、見みましたが個人的にはこの映画がアレキサンダー・ペイン作品の中で最も面白かったです。いわゆるロードムービーでして、ダメ男2人の珍道中なんですが、最高でした。
マイルス(ポール・ジアマッティ)は中学教師をしながら小説出版を夢見ているのですが、40歳前後で人生の半ばを過ぎた今となってもさっぱりです。友人で売れない俳優をしているジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)が結婚することから、2人だけでワイナリー巡りをするバチュラー旅行を計画しているのですが・・・というのが冒頭です。
私はワインに詳しくないのですが(だいたいのワインを美味しく感じますし、違いを覚えていられません・・・)ワイン通のマイルズのメンドクサイ感じはなんとなく分かります。友人ジャックはそれほどこだわっているのではなく、あくまでバチュラーを、独身最後の一週間を楽しみたいのに、マイルズはなかなかそうできません。むろん2年前の離婚が尾を引いているからなんですが。

マイルスのネガティブ思考はかなりのモノですが、ネガティブ思考って多分痛い目にあったからこそ、なのだと思いますし、防御反応なんでしょうけれど、それにしても殻に閉じこもり過ぎて面白いです(そして幾分身につまされます)。アメリカ人としてもあまりいないタイプに感じますけど、いいです。

そこへ友人ジャックの能天気さとの対比が面白いのです。

途中、ジャックがマイルズに言う蛙とサソリの寓話(蛙とサソリが川を渡りたい、蛙は渡れるけれどサソリは渡れないので蛙に乗せてくれ、と懇願するが蛙は、サソリは刺すから断る。が、サソリは蛙を刺さないと約束するので背中に乗せ川を渡りはじめる。ところが川を渡る途中でサソリは蛙を刺してしまう。蛙はサソリに「何故そんなことを、このまま2人とも死んでしまうじゃないか?」と問いかけるとサソリは「我慢したけど、刺すのが性だからなんだよ、仕方ないよ」と答える、という話です)のようなをする部分が可笑しいです。その後のシークエンスも素晴らしく、ぼかしを入れないのも、分かってる、と思わせます。
ポール・ジアマッティ、私は「スーパー・チューズデイ 正義を売った日」の印象が強かったんですが、その時は強面の頭脳派でしたが、今回のネガティブなキャラクターも演じられるのは素晴らしいと感じました。
いわゆるウディ・アレンの得意な「諦観」をコメディタッチでその先を魅せているのだと思います。ウディ・アレンが好きじゃないだけかも知れませんけど。なんでこんなにウディ・アレンが嫌いなのか?もう少し考えてみたいです。
ワインが好きな人、ロードムービーが好きな人にオススメ致します。
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「ドン・ジョン」を見ました

2015年2月6日 (金) 09:30

ジョセフ・ゴードン=レヴィット監督     角川フィルム

ついに、初監督作品です。劇場に観に行かなければ行けなかったと昨年1番後悔している作品。ジョセフ・ゴードン=レヴィットが出演しているとそれだけである程度満足できてしまう程の役者さんではありますが(もちろん個人の感想です、すべての鑑賞者の印象を確約するものではありません・・・)、この予告でびっくりですが、内容は見て頂かないと分からないとは思いますが、非常に深い作品に仕上がっていると思います。決して巨匠になるタイプの役者/監督ではありませんし、間違ってもイーストウッドやベン・アフレックとは違うタイプではありますが、このまま監督業だけにはなってほしくない役者ジョセフ・ゴードン=レヴィットが観たいです。

イタリア系のアメリカ人ジョン(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は家族と信仰を重んじる男。しかしただの家族と信仰を重要視するだけでなく、家、車、そしてガールハントを趣味としています。そんなジョンは友人たちから敬意を表しドン・ジョン(多分プレイボーイの代名詞ドン・ファンの事だと思います)と呼ばれています。毎日プレイボーイとして暮らすジョンはある日セクシーな美女(スカーレット・ヨハンソン)を見つけ・・・というのが冒頭です。

非常に生々しい話しですし、まぁ誰にでも経験(?)のする、男性あるある話しなんですが、そこを我慢できるなら女性に向けた映画と言えなくもない作品ですし、下品なだけで終わらせないのがジョセフ・ゴードン=レヴィットです、流石です。

用意周到な男性向け布教作品とも言えるかも。

またキリスト教カトリックの懺悔という行為が生み出したモノが何だったのか?についても考えさせられます。私は正直、この懺悔というシステムは既にテクノロジーによって駆逐されてしまったと感じました。

個人的には体育館の通路を歩く一連の描写に、演出として、監督としての何かを感じるのですが、やはり役者として年齢を重ねて欲しいですね。

出演している役者さんは大変豪華で、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、スカーレット・ヨハンソン、ジュリアン・ムーア、チョイ役ですがアン・ハサウェイも出てきます。ストーリィも、いわゆるこの映画の予告編から予想される地平を一定水準超えた作品だと思います。好みの問題もありますけれど。

ただ、映画として綺麗な終わりですが、この作品の数年後、同じような問題を抱えないとも限らないな、とは感じましたが、綺麗な結末です。

ジョセフ・ゴードン=レヴィットとスカーレット・ヨハンソンが好きな方にオススメ致します。

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