井の頭歯科

2020年の私的映画ベスト10

2020年12月29日 (火) 09:24

今年もこんな季節になりました。2020年はコロナ禍の中で、一時は映画館も開けない状況になりましたが、それでも世界よりはずっと日本は平和だと思います。

ふと気が付くと、このブログをもう10年もやってる事に気が付きました・・・自分でもびっくり。

今年は映画館にはあまり行けませんでしたが、驚く事に人生の1年間で1番映画を観た年になりました、これはひとえにNetflixのおかげですね。今年公開作品は全部で38本うち劇場で観れたのは20本でした。今回ベストを決めるのに2本だけもう1度観てみました。で、やはり素晴らしい作品は何度見返してもいいな、と思いました。何度もの鑑賞に堪えられる作品はそう多くはありません。

過去作はなんと78本!ついに初めてだと思いますが、1年間に100本以上映画を観た事になります。まぁもっと見ている人も多いとは思いますけれど。

それと今年は50歳になったり、歯科医師会でも役職についたり、さらに院長にもなったり、忙しい中でこれだけ観れたのは本当に自分でもびっくりですが、それもNetflixのようなサービスのおかげです。

では、今年も勝手な私の好みの、勝手な順位です。順位をつける事に意味は無いんですけれど。でも、人の映画の順位を聞くと、自分でもやって見たくなりますからね。

第10位   『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(の詳しい感想は こちら )です。

私はウディ・アレン監督作品とは相性が悪いです。今まで見てきた映画では、特に監督が主演をする、という行為が嫌いなんだと思います。ただ、この作品はかなり上手い、と思いました。まさに長年映画監督作品を撮り続けた人が到達できる高みにある技術の結晶のように感じました。そして、主演の2人の、まさに今しかない旬であり、美しさがあると思います。素晴らしかった。しかし、よく考えると、凄くギャツビーにとってご都合主義な脚本です、諦観を通した自己憐憫、だけで出来上がっている脚本が、凄くウディ・アレンっぽくて、私はココははっきり嫌いです、でも映画として上手い。

第9位   『ザ・ファイブ・ブラッズ』(の詳しい感想は こちら )です。

スパイク・リー監督の今の所の最新作ですけれど、最新作が常に最高傑作、という方だと思います。もちろんある種のマンネリズムもあったとは思いますけれど、常に怒りを感じていて、常に冷静で、そして観客に『お前は何を選択しているのだ?』と問いかけられる監督。この映画はNetflixでかかりましたけれど、映画館で観たかった作品です。

第8位   『ミッドサマー』(の詳しい感想は こちら )です。

果たしてこの映画はホラー作品なのだろうか?と考えてしまいます。私はどちらかと言えばそんなにホラー映画は好きじゃないんですけれど、この映画の志はめちゃくちゃ高いと感じました。でも、ちょっと、主人公の恋人であるクリスチャンが可哀想で・・・あまりに、あまりな展開だと思います・・・ラストも悲惨ですし・・・このラストの解釈で、良かったね、と言ってる人もいて、人って本当にいろいろな人がいるし、同じ作品を観ても全然違う事を考えたり感じたりするんだな、と改めて感じたのを覚えています。

第7位   『ジョジョラビット』(の詳しい感想は こちら )です。

確かに、ドイツ国内の話しなのに英語で喋ってたり、といろいろ批判があるのも分かりますけれど、でも、ジョジョくんの妄想内世界だから言語はなんでも良くない?とか、この世界観が好きになってしまうと、逆に細かい事は気にならなくなる凄くいい加減な人間である私なので、このランキングが凄くどうでもよくみえますけれど、私はとても好きな映画です。

第6位   『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれからだ』(の詳しい感想は こちら )です。

これも女性監督、というか、監督の性別なんて映画の価値に全然関係ないですよね!しかし、非常に変わった映画でしたけれど、まさに2020年の映画!と言う感じです、私にとって。だってどこにも行かないし何にもなれないんです、主要登場人物たちが。そして、今も昔も、映画の中でしかどうにもならない事も多いし、現実は大変厳しいと思います。生きているだけで丸儲け、という趣旨の発言をなさる方もいらっしゃいますが、私は生きているのはとても辛くて大変な事だと思っています。だから少しでも現実を忘れられる世界が好きなのかも知れません。

第5位   『屋根裏の殺人鬼 ホンカ』(の詳しい感想は こちら )です。

私はこの映画をホラーだとは考えられません。これは等しく男性が感じる事が出来る悲哀を描いた傑作だと思います。『男は何歳でも子供を産ませる事が出来る、しかし女には期限があるのだ』と言う言葉に私は欺瞞を感じています。確かにそうかもしれませんけれど、一生相手にもされない男だっていますし、女だっています。世の中は不条理に溢れていると思いますね。哀しい男、ホンカ。それを本気でそのまま再現したこの監督の、簡単に同情的でない、共感させない演出は、称賛に価すると思っています。

第4位   『燃ゆる女の肖像』(の詳しい感想は こちら )です。

この映画は本当に素晴らしい映画で、多分ずっと残る作品だと思います。映像的にも音楽的にも印象的で、完成度の高さが凄いです。なんか凄いと素晴らしいしか言ってない気がしてきました・・・しかし、本当に素晴らしい作品。年に1回か2回くらいしかない完成度の高さの作品。なんですけれど、4位になってしまいました。これは、私の好みの問題です。完成度の高い素晴らしい作品であっても数年に1本の映画もあれば、誰からも評価されなくとも好きな作品と言うモノもありますし。

第3位   『はちどり』(の詳しい感想は こちら )です。

これが長編デビュー作だなんて信じられません・・・驚愕の出来事だと思います。演じた役者も素晴らしかった。早く見なおしたい作品。そして何度見直しても、恐らく何度も新たな発見がある作品です。

第2位   『パラサイト 半地下の家族』(の詳しい感想は こちら )です。

これも何度見見たくなる映画です。つい最近も観なおしました。この映画の主役は、私にはあのお姉ちゃんなんですけれど、本当に面白くて素晴らしい作品。それと、アカデミー賞に興味なかったんですけれど、この作品がアカデミー賞作品賞を取る、という事はかなりアカデミー賞選考が変わったんだと思います。良い方向に変わったと思いますが、アカデミー賞云々じゃなく、この映画が素晴らしいのです。注目しているのはこの映画の女性陣です、次作が楽しみ。

第1位   『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(の詳しい感想は こちら )です。

私にとっての2020年のベスト映画です。本当に楽しかったし、笑いましたし、ああ、テリー・ギリアムの映画を観てるんだなぁ、と映画館で思う事が出来ました。凄く幸せな瞬間でした。アダム・ドライバーも最高ですし、やたらと美男美女、それもテリー・ギリアムの好きそうな人がたくさん出てきて、ハチャメチャで、テリー・ギリアムの好きなモノが全部入ってる、という感じで最高でした。多分世間の評価とは全然違うと思いますが、私にはこれが1位で迷いはありませんでした。

2021年はどんな映画が観られるのか?今から楽しみです。

今年の診療は今日までになります、来年は1月4日から診療致します。

「ミッドナイト・スカイ」を観ました

2020年12月28日 (月) 09:28

ジョージ・クルーニー監督       Netflix

ジョージ・クルーニーはかなり好きな俳優さんだしWikipedia情報ですが、ミドルネームがティモシーなんて知らなかったし、なんかSF作品みたいだし期待してしまった。

決して悪くはない。悪くはないが、良くもないと感じてしまいました。ネタバレ無しの感想です。

2049年2月、北極圏バーボー天文台。1人の男(ジョージ・クルーニー)が研究室の中でゴハンを食べています。施設内に他の人間はいない状態で・・・というのが冒頭です。

今年は良質な映画、『燃ゆる女の肖像』とか『はちどり』とか『パラサイト』を見てしまうと、BGMはあった方が良いのか、無い方が良いのか良く分からなくなってしまいます。が、今作は明らかにやり過ぎだし、とってつけた感が強すぎると感じました。

もちろん、斬新でフレッシュな場面もあったけど、世界の説明はもう少しあった方が良かったし、あの2人の顛末も入れて欲しかったです。

音楽や音響って大切だな、と思います、改めて。

また、過去の場面の挿入もあまり上手いと感じませんでした、もう少し似ている人とかある種の説明が無いと難しいと感じましたし。ここが丁寧じゃないと、最後のクライマックスのカタルシスが薄れてしまうと思うんですけれど。まぁ、そのクライマックスも、ジョージ・クルーニーに感情移入していれば、の話しな気がします。

ただ、宇宙空間の描写は結構新しい絵がありました、とは言え2049年あと20年でここまで技術が進むのか?凄く疑問ですし、ちょっと科学的考証が杜撰な気がします。あくまで個人的見解ですけれど。

SF作品や近未来モノが好きな方に、ややオススメ致します。

アテンション・プリーズ!

ネタバレありの感想です、結構好きな場面もありますが、気になる部分への言及が多いので、本作が好きな人は読まなくてもいい文章だと思います。

何故こんなに早く環境汚染が進んだのか?マスクをしたりしなかったりの感覚が分からないのがどうしても気になってしまいます。割合最初の場面で『輸血をしなければ7日も持たない』とされているのに、子供はノー輸血なんですよね。

もっと細かく設定や作り込みが出来たと思うんだけれど、練れてない感じがするんです。

ただ、宇宙空間、無重力下の出血シーンは観た事が無いので良かったですし、ちゃんと『ゼロ・グラビティ』(の感想は こちら )とも引けを取らない感じになっていたと思います。

女の子ももう少し絡みが欲しいし、その先も何か用事がないと厳しいと思います。何しろ地球上にはジョージ・クルーニーと女の子しか居ないわけですし。

また、地球に降りる選択をする2人のその後もちょっとは描いて欲しいです。

結局木星の衛星に帰る2人も子供生まれてもその後が無いから絶滅だと思うから、もっとショッキングな展開にしても良かったと思う。 1番気に触るのが、木星の衛星があんな環境良くない、と言う事です。宇宙服を脱いで呼吸してましたよ、この人たち・・・いくら何でもな世界観。多分行き帰りの時間を考えて木星にしたんだと思うんですけれど、ちょっと杜撰。

もっと上手く出来たんじゃないか?と思う残念な感じしになりました。

「ビルとテッドの時空旅行」を観ました

2020年12月25日 (金) 08:47

ディーン・パリソット監督     ファントムフィルム

ビルとテッドの第3弾です!前作は29年前!凄い!しかもかなりマイナーな映画ですけれど、ちゃんと完結してくれました。そういう意味でキアヌは流石の人徳です。全2作も復習してから望みましたので、こちらも万全の体制で望めました。
ハチャメチャですけれど、この馬鹿っぽいところがこの映画の良い所でもありますし、80年代の映画ってだいたいこういう雰囲気です。でもちゃんと進化もしていました。

ビルとテッドの地獄旅行のラスト、タイムマシンで修行したワイルド・スタリオンズの活躍は徐々にその輝きを失い、今未だに世界を1つにする曲を作れないまま25年が経過…娘2人は肯定的ですが、それ以外には見向きもされなくなったビルとテッドは…というのが冒頭です。

基本ネタバレ無しの感想です。

ビルとテッドの2人は、全然全く微塵も成長してません。が、姫達だけでない、新たな理解者に恵まれています。

懐かしいあの人達のその後も分かりますし、今回はただただ、音楽の素晴らしさに重きを置いた素直な作品。

また、バンドメンバーが驚愕。なるほど!の人選もあれば、知らない人もいました。

ラストまでのサスペンスと、ラストのアガり方が、まさにbe excellent to each other and party on !な訳です。

ルーファスもいるし、サイコーに良かったです。

ただ、お父さんを信じる娘は凄くありがたいけれど、ちょっとご都合主義な匂いはします、しますが、この作品はそういう事は抜きに楽しめる人向けな、まぁ懐古主義な部分がある事は事実。しかしそんな事実は小さな部分だと断言できます、何故なら、29年前の続編なんですから。

おバカな映画が好きな方、80年代の映画が好きな方に、オススメ致します。

多分今年最後の映画館鑑賞です、行けて良かった。

「燃ゆる女の肖像」を観ました

2020年12月23日 (水) 09:24

セリーヌ・シアマ監督     ギャガ

かなり期待して劇場に足を運びました。2020年内最後の映画館鑑賞になるかも知れませんし。

18世紀のフランス。絵画を教えているマリアンヌ(ノエミ・メルラン)が自らモデルとなり生徒にデッサンをさせていると、自分の絵が生徒によって目につく場所に置いてある事に気が付きます。横長の絵画で、全体的に暗く夜と思われる帳の中に佇む女性の深く青い色のロングスカートの裾から火が出ていて、近くにある焚火から燃え移ったと思われる絵です。生徒に題名を聞かれるとマリアンヌは「燃ゆる女の肖像」だとつぶやきます・・・というのが冒頭です。

今年最後のアタリの映画でした。大変素晴らしい映画で、素晴らしく濃密な時間を体感できます。そして繊細で緻密、役者の演技の質が上品であり、なおかつ演出が細やかで繊細。ちょっとこのレベルは驚きです。

映画的な、モデルと画家の、見ている側とみられている側という2つの関係性が、幾重にも重なる演出になっていて、非常に練られた脚本だと思います。

また、絵画史に詳しいわけではありませんが、恐らく、そういった事実(ネタバレに繋がりかねないので伏せます)があるのであろう事が理解出来るという知らなかった事を知るトリビアルな楽しみもあり、その上共犯関係の危うさというサスペンスまでありますし、もちろんこれはあまり好みではないですが恋愛感情を扱った名作、という事になると思います。

また、エピローグで紡がれる物語の言葉に、非常に撃たれました。この文章は個人的には名文と感じました。

数少ない音楽がかかる場面の、異空間に迷い込んだかの、映像と音楽が相乗効果を生む映像体験は、これは映画館でないと味わえないと思います。映像と音楽をまさに浴びる体験。

それ以外では自然音の、波音の雄大さを含んだ圧倒的な力を誇示するかのような荒れ具合、吐息と吐息の間に生まれるエアポケットの中のようなしかし確実に無音ではない瞬間、見事なダイナミクスを感じます。特に私は靴音、それも硬質な靴音が大好きなんですけれど、凄く好みの感じの音がたくさん聞けて、嬉しかったです。

これは女性監督なんだろうとは思いましたが、今年は「はちどり」のキム・ポラ監督と言い、「ハーフ・オブ・イット」のアリス・ウー監督と言い、質の高さはちょっと異常です。

必見の映画体験です、映画館で是非!

映画が好きな方に、オススメ致します。

アテンション・プリーズ!

ここからネタバレありの感想です、未見の方はご注意下さい。

マリアンヌ役のノエミ・メルランさんは初見ですけれど、非常に眼差しの強さがあり、この時代の女性の中でも、絵画を描ける、という持てる者であり、職業を持ち、自活できる可能性があります。と言っても、父の保護下であり、作品の発表には父の名前でなければなりません、非常に屈辱的とさえ言える状況下ではありますが、当時としては普通ですし、はるかに恵まれています、

エロイーズと比べて。だから眼差しの強さ、観察する側に立てる人間でもあります。

対して貴族の娘であるエロイーズを演じるアデル・エネルさん、この方も初見だと、鑑賞時には思っていました。しかし、経歴の中に「午後8時の訪問者」(の感想は こちら )が入っていて、え!となりました。全然同じ人に見えないんです。顔つきさえ違って見えるくらいに、役になりきっていたのではないか?と思います。凄く雁字搦めの生活を強いられている人間であり、姉は結婚から逃げる為に自殺した事がほのめかされています。修道院で生活していて、まさに、姉の身代わりとして連れてこられ、結婚相手を吟味する権利も無ければ拒絶する事も叶わない身分であり、それが生活のすべてなのです。まさに持たざる者であり、観察される側なんです。

まさに生活の糧を得ている者と、貴族であっても自由の無い持たざる者がお互いを見つめ合わなければならないモデルと画家と言う関係性に置き換えるのが本当に映画的で絵画的。

しかも、この2名の相対関係を俯瞰させる2名が、エロイーズの母親である婦人、そして館に勤める給仕のソフィです。 婦人は自由の無い、持たざる者を引き受けた結果の形であるとも言えます。将来の、望まぬ結婚を受け入れて生活する事を引き受けた自分の姿。対してソフィの自由があるようでいて、実はさらに厳しく、生命の維持すらも自由ではない、堕胎する犠牲を払う事を、自ら進んで行わなければならない、さらに厳しい環境に置かれた人間です。 そして、当たり前ですが、この4名は全員性別が女性であるのです。

音楽の使われ方、本当に異空間に飲み込まれたかのような感覚に陥りましたし、呪術的でもあり、不可思議な初めて聞く音楽でしたし、既知の曲であるヴィヴァルディの夏、非常に狂おしく感じました。 何処で恋愛感情が芽生えたのか?私には全然わからなかった。

しかし、エピローグにあたる中で、最初の邂逅(出会いだったかも)と最後の邂逅という言葉には非常にリリシズムを感じましたし、音楽を通して未だマリアンヌを求め、焦がれて居るのが分かるラストの切り方も素晴らしかった。本当に濃密な映画。 鑑賞後に、非常に考えさせられたのは、記述が残っていないだけで、このような、マリアンヌとエロイーズのような恋愛関係と言っても良いのですが、私には互助の基にある(男女の差によって、もっと大きな意味で持たざる者同士である)上での恋愛関係があったんじゃないか?と思索しました。想像の世界ですけれど。男同士の関係性については、古くは古代ギリシャから記述が残されていますが、女性同士も無かったわけではないのでは?と思わずにはいられなかったです、同じ持たざる者同士の連携、互助の関係を進めた恋愛関係、とてもありそうな気がします。

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「ナンシー」を観ました

2020年12月22日 (火) 09:15

クリスティーナ・チョー監督     アメイジングD・C

2020年見逃し後追い作品 その5

予告を見て、手に取りました。かなりの衝撃作。これは誰かと話してみたくなる作品です。特に女性の感想を聞いてみたくなります。というのも、この作品のモチーフは『嘘』もしくは『承認』だと思うので。もしかすると『先回りした期待に応えるための共感』とでも言いましょうか・・・

現代のアメリカの田舎町。バスルームで介護を求める女と、介護する女ナンシー(アンドレア・ライズボロー)。部屋は汚れていて、生活保護の書類申請をしているナンシーと、その受け答えが気に入らない介護される女には緊張関係があり・・・というのが冒頭です。

ネタバレは無しの感想です。あくまで一個人である私の感想であって、製作者は違った意図があったとしても、受け手には自由に解釈が開かれているモノだと思います。作り終わるまでは監督の所有物ですけれど、公開されてからは観客のモノであると思います。

私は、嘘をつく事は良くないと教わって育ちました、当然よくない事と認識していますし、ダメだからなのではなく、信用に値しなくなるだけでなく傷つくからだと言えます。しかし嘘も方便という言葉もある通り、時と場合による、という事も承知していますし、当然使い分けています。また、それを相手がどう受け取るか?という問題に対してはほぼ無力(もちろん正確さを担保しようとする努力はしますが)である、とも思っています。

日常的には相手の望む態度をくみ取り、その尺度に合わせ、あるいはその尺度を鑑みて、より良い(もしくは交渉事であるなら受け入れてもらいやすいレベルに合わせて)態度を取ろうとするのは、人が自然に行っている行為だと思っています。

相手の事を思ってや関係性を円滑にする為に行っている、所謂『共感』に基づく心の流れとも似てるのではないか?とも思うのです。多分こちらの行為は「寄り添う」という言葉で表現される事が多いような気がします。

寄り添うという言葉は、私が幼少期の40年前と違い、とても頻繁に聞く言葉になりました。これぞまさに『共感』という事だと思います。そして私は共感する事がとにかく苦手ですし、得手不得手が誰しもあると思いますが、他者から面と向かって指摘されるくらい、苦手です。

私から見ると、大変強引な分け方ですが、共感の得意な人とそうじゃない人の割合は男女差に似ている思います、統計的に調べたわけではなく、あくまで実感として、共感するチカラが強いのは女性が多いと思います。

そんな人に見てもらいたい、孤独な女性のストーリィです。私はかなり喰らってしまいました・・・

共感する事、嘘をつくという行為、さらに他者の期待に応えたいという気持ち、に敏感な人に、オススメ致します。ここまで書いてなんか、これ違和感ある、と思って思いだしたのが「テイク・ディス・ワルツ」(の感想は こちら )の予告編の、違和感と同じなんですけれど、まだうまく言葉に出来ない・・・

アテンション・プリーズ!

ここから先はあくまで鑑賞された方に読んでいただきたいです。

この女優さんは、地獄のマンディで観た事があったんですけれど、その時も、正常な範囲に留まらないくらい感受性の強い人間、に見えたのですが、今作もその感じが非常に強く放たれています。そういう人にしか見えないんです。私の感覚ですと、エキセントリックな女性、という風に感じます。男性でもエキセントリックな人を見かける事は極極たまに見かけますけれど、決して脆さは感じさせないと思うのです。ですが、エキセントリックな女性には共通する事の多い事柄としての繊細さを、メランコリックな何かを感じます。

この女優さんアンドレラ・ライズボローさんの瞳の大きさと、内向性を疑わせる挙動と、エキセントリックな言動、このアンビバレントな感じが、何を考えているのか理解出来ない、感覚がありますし、だからこそ、ネットでの繋がり相手に『sick』と罵られています。 確かに嘘をついているし、承認欲求の為とは言え、DPRKに入国なんてデマまでやってますし、当然合成写真を作ってもいるわけです。ネットの繋がりだけの相手には偽名で嘘の妊娠を詐称していますし擬態もしています。このある一定のラインを超えてしまっている感は、序盤からずっと示され続けています。非常に危なっかしい人に見える。

はっきり、失踪から30年後の予想画像が自分に似ているからと言って、その家族に連絡を取る、というのは明らかに常軌を逸しています。異常と言えるラインを越えた存在に見えます。 失踪家族(ブシェミがイイ!)との間にも、おずおずと入り込み、自分の承認欲求を求め、演じていくわけですが、ここでも父親からの猜疑心、とは言えこれも妻を気遣うモノであるにも拘らず、母親にこっそり打ち明けてみたりして、その場の雰囲気に流されているようにも、また、虚言癖を繰り返しているようにも、見えます。

私は虚言癖であっても、共感ベースの信頼を勝ち取り意味のある人間になりたい欲求が事実を捻じ曲げたのだとしても、そのどちらでなくても、構わないと感じました。

それは成長を、大変苦いが、成長を遂げるからなんです。 その後、実際には恐らく、遺伝子レベルでの判定結果は関係が無かった事が示唆されます。その上で、妻と救命活動という不測の事態を経た事で(その直前まで、ツリーハウスの残骸を見た事から、まだ嘘を重ねている!)、妻は事実よりも、疑似家族としての実在の絆、まだ繋がり始めたばかりで、しかも嘘から始まった関係であっても、その絆を擁護する、まさに保護者としての母親の行為を受けた事で、初めて自らの嘘を、告白するつもりになったのでしょう。 ナンシーと実母の関係は、ナンシーが望むものでは無かった関係性だったのでしょう、誰かの特別な何かになりたかったのでしょう、それをコミュニケーション能力の低さや卑屈さから出来なかったからこその鎧のように、虚言癖に走ったのか、悪意さえあったのか?は分かりませんが、しかし大人としての一歩を踏み出したナンシーの姿は、ポール(猫)と同じくらい美しかったように思います。

疑似家族の新たな形でもありえた映画で、かなり見応えありました。

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