井の頭歯科

「オタクの息子に悩んでいます 朝日新聞『悩みのるつぼ』より」を読みました

2012年11月27日 (火) 08:57

岡田 斗司夫 FREEex著       幻冬舎新書

岡田さんは合意形成するための、この本の場合は対話対談ではなく、あくまで人生相談ですから、質問された文章をよくよく読み解くことで相手を察し、しかも相手に届く為にこちら側で出来うることをすべてやろう、という姿勢の持ち主、というところに共感しました。なかなか出来うる事ではないです。質問者のレベルに、立場に、感情に、寄り添った答えの出し方なんです。

たぶん、それが引き受ける、という事なんでしょうけれど。その考え方や思考方法をつぶさにさらけ出しているのがこの本です。

思考方法といいますか、ツールとしての考え方はかなり実践的で面白いですし為になります。が、個人的にはそこへ至る考え方に、最も感銘受けました。岡田さんも最初から到達したわけではない部分をあえて文章化する部分にも、凄さを感じます。

人生相談はそもそもパフィーも歌っているとおり「子供だまし」であると私も思っていましたが、ここまで踏み込んで、引き受けて、自らの問題としつつ、しかし解決出来ない事のほうが多いことから逃げない、姿勢を見せることで応える度量の深さに凄さを感じました。確かに上野千鶴子さんの凄さや啖呵にはカタルシスがありますし心地よいかもしれませんし、確かに解決出来うる回答で手段でしょうけれど、それが出来ていれば相談しないんですよね。あくまで回答者の面白さなんです。でも、私も数冊は上野千鶴子さん読みましたが、この方だからこそ、というキャラクターですし、1度は読んでおいて良かったと思えます。でも人生相談の解決者向きじゃないです、面白いけれど新聞紙上の面白さであって、相談者向きの回答者ではないんですよね。

相手と同じ温度の風呂に入るだの、信じたいウソを否定しないだの、愛とは根拠の無い信頼で恋は理由のない信仰だの、パンチラインもイイです。

相談内容とその回答の中でも最も面白かったのはステージ1「彼のケータイ盗み見たら」です。ここまで行くと微笑ましく感じます。最も岡田さんらしく高度だと感じたのはステージ11の「クラス内の位置が気になります」という相談です。この回答はちょっと凄かったです。

人生相談ってこういうものだっけ?という興味がある方、比較的メンドクサイ考えの持ち主、あるいは理屈っぽいと言われる方にオススメ致します。

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「終の信託」を観ました

2012年11月22日 (木) 09:55

明日から週明けまで井の頭歯科は休診になります。土曜日は完全にお休みを頂きます。ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い致します。

周防 正行監督         東宝

最近読んだ「安楽に死にたい」松田 道雄著(の感想はこちら)で扱った終末医療の様々なことを考えたのをきっかけで映画館に観に行くことにしました。周防監督は「シコふんじゃった」、「Shall we ダンス?」、「それでもボクはやってない」を見てますけれど、かなり上手い監督だと思いますし、どれも外さないので期待して観に行きました。

1997年のある病院に勤める呼吸器科の折井綾乃(草刈 民夫)は医師であり充実した毎日を過ごしています。受け持ちの患者も多く、その中には最近入退院を繰り返す喘息患者江木 泰三(役所 広司)がいます。折井は同僚男性エリート医師である高井(浅野 忠信)と不倫関係の末に捨てられ、自暴自棄になり・・・というのが冒頭です。

映画の演出、見せ方の上手さが際立った作品でして、ミステリー仕立てであり、かなり引き込まれる作品です。原作がどういうものであったのか?読んでいないのでちょっと分からないのですが、期待していた以上の作品でした。

検察官である塚原(大沢 たかお)から被疑者であることを伝えられるのは物語の半ばです。冒頭から物語中盤までを、この映画の予告編では流しているわけです。この辺にある程度のミスリードとは言い過ぎかもしれませんが作為を、良い意味での伏線を感じました。

正直、冒頭から中盤までは、かなりのんびりとした、あまり良いとは言えない印象を持っていたのですが、これは演出なんですね。非常に納得の見事な演出と編集なんです。

役所さんの演技(とくに、あの、シーンはすさまじかったです!)、大沢さんの演技には納得しました。素晴らしかったと思います。草刈さんは、美人ですね。髪の毛を使った時間経過の表現は良かったです。また、検察官の部屋という閉じられ、変化の乏しい構図の中での光の使い方もはっとさせられる効果があって良かったです。そして全然存在感の無い、特徴が感じられない(無論そうした演出なんでしょうけれど)江木の妻役の人も凄いです。なかなか見たこと無いタイプの役者さんでした。

終末医療の問題は終末期が近づいて考えるのでは遅く、そもそも本人がどういう考え方の持ち主であるのか?家族はそのことをどう考えているのか?という根源的な、もっと言えば哲学的な考え方を答えさせられる問いであり、且つ正解が無い難しい問題だと思います。(本当に個人的な話しですが、何となく私が感じる近い感覚は永井荷風です。「摘録 断腸亭日乗」の感想はこちら

観賞後に、観た人といろいろ語り合いたくなる傑作なのではないか?と思います。

終末医療を身近に考えて見たい方(というか全ての死んでしまう人に!)にオススメ致します。

アテンション・プリーズ!!

今回もネタバレありでの感想をまとめてみたくて、言葉にしてみたくて書いています。文章にすることで自分が何を感じ、他者に伝える最高の道具である『言葉』を使って表現することで、実際に 私は 何を 考え 感じたのか? がより深く理解できると考えているからです。もちろんこの文章をよんでいらっしゃる方に何か気がつき、伝えて頂けることで、より一層深い何かに気が付くのではないか?誰かとコミュニケートすることそのものが楽しいものであるから、です。

映画の作りとして、中盤までの物語の非常に安易な、もの凄いステレオタイプな、切り口や演技、もしくは状況などに、結構な驚きがありました。草刈さん演じる折井の、とても共感を呼びにくいキャラクターであり、不倫していること、不倫相手に対する言葉使いや、情事の際の場所、未遂に終わる感情の吐き出し方、なんだか全てが手垢の付いた、語りつくされた、キャラクターであり、手法だと感じさせていて、これまでに周防監督が作った映画の新鮮さとはあまりに違っていて、残念な気持ちになってしまっていました。物語のスピードも極めて遅く感じられて、どうしても考える隙を与えているように感じられました。

ところが、終盤、検察官との尋問という密室劇になってからの、さらに江木の最後の場面をシリアスに包み隠さず衝撃的に描くことで、急激に物語のスピードが上がってより緩急が付いている為に、新鮮に感じられました。この演出といいますか編集は素晴らしいと思います。ついつい勝手にいろいろ考える隙を与えていて、その隙を突くかのような衝撃の場面を入れる、本当に上手いと思います。最近の傾向で言いますと、様々な事柄を扱う為に、物語を追うことで精一杯にすることでショックを与える、という感じが強くなっているので、余計に新鮮に感じました。

役所さんの演技は本当に素晴らしく、私は決して知っている見ているわけではないのに、とてもリアルに感じられ、そして恐ろしく、怖くさせるのが良かったです。また、検察官を演じた大沢さんの笑みのこぼれ方はかなり怖く感じさせますし、言葉の端々に立ち上る『結局こちらの思ったとおりにさせるんだから、つまんない抵抗しないでさっさと従順になりなさいよ』という態度や思考の漏れを感じさせて上手いと思いました。

途中に挟まれる、折井がつぶやくある一言を受けて、検察官が唯一、折井の主張に同意した上で発せられる「それでは誰も医者になれない」という主旨の発言には心揺さぶられました。これは恐らく「医療」と「法」の両方に同じ意味合いで語られる言葉であると思います、誰もが完璧でない人である以上。そのジレンマを乗り越えようとする意思のチカラを、私はどんなお医者さんでも持っていると思います。そして、だからこそ「命を奪うものは殺人だ」という台詞が突き刺さるのです、法律に携わる者として。

この映画はかなり好きな作品、完成度が高い、見せ方の上手い作品だと充分理解しつつ、やはり何処か違和感を感じさせる部分もあります。それは2つありまして、1つ目は何故折井は江木に尊厳死の具体的手続きを説明しなかったのか?ということと。2つ目は臨終に至った場面で江木と折井のみをフレームに入れて子守唄を謳わせたのか?です。

あくまで個人的な感想ですけれど、せめて尊厳死の手続きの説明はあって良かったかな?その上で折井と江木の関係を見せても問題無い気がします。また江木の臨終場面をもっと引いた映像で観せられていれば、もっと客観的な視点に立てたかもしれません。その上で江木の家族が違和感を抱いて裁判、という流れが自然な気がします。

果たして江木は何を思っていたのでしょうか?

「わかりあえないことから ‐コミュニケーション能力とは何か」を読みました

2012年11月20日 (火) 08:35

平田 オリザ著             講談社現代新書

平田 オリザさん、名前を聞いたことがある、くらいの人で演劇関係の人であるという知識しかなかったんですが、この副題「コミュニケーション能力とは何か?」という問いかけにビビッと来たのと、想田監督観察映画の題材がこの平田さんである、ということで興味を持って手にとりました。

私個人はコミュニケーション能力が低いし、気付きも少ないけれど、せめて感覚を閉じる(思い込みや刷り込みが 絶対 と信じるのを)事は無いようにしよう、と考えています。いろいろな人がいますし様々な意見がありますし対立も多いでしょうし。少しでも分かり易く説明する能力があれば、パラフレーズ(比喩力の重要性を感じます!本当に重要!!)する能力が1つ2つではなく、10や20あれば、あるいは相手に合わせて理解し易い比喩を探し出して提示出来れば、もっとコミュニケーション能力は高くなる、いや高められる、すると齟齬や行き違い、あるいは単純に楽になると思うし交渉することが、合意形成が行い易くなるのでは?と考え、そのためには思ったことや感じたことを言葉にしておく訓練をしておくのは善きことなのではないか?と思いこんなブログを続けているのです。交渉や説明、合意を取り付ける事は仕事にも、そしてもちろん仕事以外の様々なことに役立つのではないか?ということです。いろいろな方からこの感想に対しても意見をしてくれますし、何より文章にすることで自分が何を考えていたのかが分かる事が楽しいんですけれどね。

そんな風に考えていたのですが、最初からいきなり突き放されます。なんと『わかりあえないこと』が普通なのではないか?というのです。

そういう意見もアリとは思いますが、なかなか衝撃的です。現代の社会で言われている「コミュニケーション能力」とは何を指すのか?簡単に言えば「コミュニケーション能力」を定義するとすればそれは何になるのか?その言葉の意味が指すところと、企業が求めている「コミュニケーション能力」とは違ったものではないのか?というところから話しは立ち上がります。

著者である平田さんは大学で教える立場であり、劇作家であり、演出家なのですが、企業に求められる人材を育てる、大学での(もちろんそれ以外でも)教育者という立場に立ってこの現状を見ると、いかにダブルバインドを強いられた状態なのか?を分かり易く説明していただけます。

そして教育を考えると『国語』という教科の是非まで考えが進みます。表現者であり教育者である平田さんから見ると『国語』を「表現」と「ことば」に分けることが必要なのではないか?というのです。この部分も衝撃的でした。が、確かに良く考えると、頷けること多いですし「表現」には音楽も絵画もダンスも同じ「表現」です。この部分は面白い考え方だと思いましたし、その「表現」をする上での最も流通性の高いスキルである「ことば」を設けてその「ことば」を操るスキルを磨くのは理にかなっていると感じました(後述しますが、個人的には足りないモノがあると考えますけれど)。

表現者としての平田さんが教育者として振舞うことで最も特徴あると感じたのはやはり演じるということですけれど、知らなかったことばかりでした。自然と感じる、演技を上手いと感じる理由を言葉に出来たり、言葉の順序を変えることで強調を生み出す話法、アンドロイドに演技させるというロボット演劇を通しての逆説的な「人間らしさ」の発見、「対話」と「会話」の違いから見える「わかりあう文化」と「察しあう文化」の成り立ち、どれも面白く、そして気付かされるトピックでした。

そして、弱者のコンテクストを理解する、というのがリーダーの条件に挙げる考えも素晴らしいと感じました。ただ、みんなが理解を深め、よりよい人間になろうとする努力をするという前提が欲しいですけれど。シンパシーからエンパシーへ、同一性から共有性へ、という考え方も知れてよかったです。そしてこの共有性からさらに社会性に話しが及んだ時、いかに我々(という大仰な人称を使わざるを得ない)が細分化されているのか、孤独であるのか、わかりあえない存在であるのかを理解出来ます。結論に至るまでの流れが、分からせるということが非常に上手い構成でした。

もちろん、ちょっとした異論もあります。

私個人の考え方ですが、このダブルバインドは確かにダブルバインドに間違いないんですが、しかし、このダブルバインドを、ダブルバインドとして「良い塩梅に」、それぞれの案件について個人が判断しろ、と言われていると思っています。もっと言えば相反する二重のものではあるが、個別に判断して上に上げなければいけないものを上げ、いちいち判断を仰がなくて良いものは速やかに自らの判断を下に(無論責任が発生しますけれど)行動に移せ、ということなのではないかと。そういう『良い塩梅』の場数を踏めるのが『大人』なのではないか?という事です。おそらくムラ社会ではこういう事が求められ、自然と振舞っていたのかもしれません。

また、『国語』を解体したとして、「表現」と「ことば」以外の重要な案件を入れていただきたいと思いました。表現の中でも外でも構いませんが、コミュニケーションとして考えると、表現の発信者がいれば必ず表現を受ける側が存在しますので(もっと言えばいなくてもアリなんですけれど)、表現する能力、そしてその表現を読み取るチカラも必要だと思います、そしてこれこそ個人的に重要だと考えますし、現代で最も必要なのではないか?と思われるリテラシー(理解し解釈する、もっと言えば相手の立ち位地や背後にある思想や利益誘導かもしれない思惑まで含む)だと感じます。「表現(するためのすべて)」「リテラシー(表現を受け取る、読み取るチカラのすべて)」「ことば(表現の中でも最も汎用性の高い言語)」が必要だと思いました。表現の方法だけでは不十分だと思うのです。

など、多少異論を唱えてみたい部分もありましたが、深く考え抜かれた専門家が分かり易い言葉や例えで紡ぎ出した文章、面白かったです。時間が無いので劇場では見られないかもしれませんが、想田監督作品「演劇1、2」見ようと思います。

救急救命講習会を受けてきました。

2012年11月16日 (金) 09:17

昨日、武蔵野市歯科医師会会館で救急講習を受けてきました。これだけAEDが様々な場所に設置されているわけですし、私ももう少し詳しくなるために参加しました、3時間コースの講習でなかなか内容が濃いです。

もちろん実習もあります、私の知識は大学卒業時に受けたものでしたが、かなり変更されていましたので、ありがたかったです。人は忘れる生き物ですから、こういう機会に学び直さないといけませんね。

子供の場合、ペースメーカー使用者の場合、などアクシデントやケーススタディがいろいろ学べました!

しかし最も重要なのは「心肺蘇生」なんですね。僅か数分の訓練で汗が出ますが、繰り返し実習することで忘れにくくなりますし、咄嗟の場合も焦り難くなると思います。

1分間に100回のリズムで、30回のマッサージに2回人工呼吸で1サイクル!忘れないようにしましょう!

武蔵野市あおぞら市 無料歯科健診!

2012年11月13日 (火) 08:56

昨年も参加しましたが、早いものでもう1年経ちました。武蔵野市では無料の歯科健診を11月のあおぞら市と、4月の桜まつりに、武蔵野市役所で行っております。

今年も午後の部に参加しましたが、例年200人を超える参加がありまして(前回の桜まつりでは、なんと400人超えでした!)先生の人数を増やし、ブースも広げての対応になりました。

健診ですので、治療を行うわけではありませんが、気軽に自分のお口の中の状況を聞けますし、先生方も親身に相談に乗っていただけますので、非常に好評です。

とても忙しかったのですが、合間にパチリと写真に撮ってみました!小雨の降る肌寒い1日だったのですが、半そででも寒さを感じさせない忙しさでした!!

また4月の桜まつりにも参加すると思います、よろしくお願い致します。市役所の健康課の方々、衛生士さん方や、参加された武蔵野市歯科医師会の先生方、そしてなにより健診に参加された市民の皆様方、お疲れ様でした!これをきっかけに是非歯科を身近に感じてくださいませ。

今回は299人!あとちょっとで300人でした。

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