井の頭歯科

「タクシー運転手 約束は海を越えて」を見ました

2018年11月30日 (金) 09:15

チャン・フン監督     クロックワークス

ソン・ガンホが主演していますし(ポスターの笑顔が眩しいくらい印象的ですね!)、予告編を見て気になったので見ました。2018年見逃し後追い作品その3です。

1980年、ソウル。タクシー運転手を生業とするキム(ソン・ガンホ)は父子家庭です。娘を溺愛しているのですが、生活が苦しく・・・そこに10万ウォン(がいくらくらいなのか?全然分からないんですけど)の支払いをする代わりに光州まで行ってくれないか?という外国人客を乗せる事になり・・・というのが冒頭です。

全く不勉強ながら、光州事件というのをこの映画で知りました・・・韓国が軍事独裁政権時代が結構最近まであった、という事実もビックリですけど、80年って私10歳です、全然知らなかったです・・・学校でも全然話題にならなかったですね、まだ小学生だから仕方ないのかもですけど。

とてもユーモラスは始まり方をする映画なんで気を抜いていたら、かなりシビアな展開が待っています。そして主演のソン・ガンホの演技は本当に素晴らしいです。この人の出てる映画ですと「殺人の追憶」が最も好みでしたけれど、この映画も素晴らしいですね。

韓国映画は独特の黒味があると感じています、文字通り『黒色』に交じりっけなしの、とても深い黒さを感じます。なんと言いますか、何処まで逃げたとしても世界の中にこの黒さがある、という感じの黒色で、恐怖さえ覚えます。

また市井の人が活躍する映画、バディムービーとしても傑作ですし、観て良かったです。

ある男が勇気を振り絞って、Uターンするシーン、すっごく良かったと思います。

日本における統治のあり方ってすごく変わっていると思います。実力者が実際の実力や暴力や兵器を使って、キングとして統治するのと違って、天皇という政治権力争いから降りた代わりに任命するだけの権威に認めてもらう、という統治だと、ざっくり考えていますけど、もし、明治維新が革命なのだとして(もちろん全然違う見方もあると思いますけれど、だとすると革命的権力の移譲って日本国にあったのか?不勉強ながら知りません・・・)、その1回くらいしか、下からの革命って行われていないんじゃないか?という疑問を覚えました。少なくとも、ヨーロッパではいくつかの革命がありますし、聖俗を分けての統治がなされている(いた過去)と思いますけど、詳しくはどうなんでしょうね、ちょっと調べてみたくなりました。失敗した例だと、いわゆる大塩平八郎の乱とかいろいろありそうですね。で、光州事件はそんな事に考えを巡らせるかのような事件です。ちょっと調べただけでも、かなり膨大な資料がネットにはありまして、あくまで概要での理解ですと、こんな事考えてしまいました。

閑話休題

でも、映画として大変面白く出来上がっています。政治的にはノンポリシーというか生活が苦しいのでやや政権よりのタクシー運転手、思想的にどうか?は分からないがルポタージュに命を懸ける外国人記者、アカと侮蔑されているデモを行う大学生、蹂躙された地方都市で生活する市民、様々な、それぞれの見方が出来ますし、もちろん蜂起し混乱に至った都市機能を回復しなければならない軍人も出てきます。たくさんの人が争い、武力衝突が起きてしまって、エスカレーションする様は大変恐ろしいものがあります。

とても小さなタクシーを運転しているソン・ガンホが、笑い、泣き、想い、行動を起こす事に、車を運転する際の、アクセルを踏み、ブレーキをかけ、シフトチェンジする様が、オーバーラップして躍動感にリズムを与えているのが印象的でした。彼は車の、タクシーの中と外で結構行動規範が変わっているのも面白かったですし、だからこそ、タクシーの中で彼が変容するときの重みを感じてしまいました。

光州事件が気になる方にオススメ致します。

「否定と肯定」を観ました

2018年11月28日 (水) 09:23

ミック・ジャクソン監督       ツイン

昨年見逃した映画の中で最も悔やんでいる映画です。ちなみに今年で言えばバーフバリです。早く見ないといけない・・・まぁこの映画公開当時に足を骨折してしまってたからしょうがないけど・・・あれから1年かぁ~時が経つのは早いですね。

アメリカのホロコースト研究家のデボラ・リップシュタットが学生に向けて講義をしている所に、突然ホロコースト否定論者のデヴィッド・アービングが現れて、論争を勝手に焚きつけます。突然で失礼ですし、卑怯なやり方と私個人は感じます。しかもその様子を勝手に録画しています。講演後の書籍購買会では、ことさら大袈裟に『真実の歴史書』として自らの著作を配って歩いたりしています。その後、デボラに対してイギリスで名誉棄損で訴えを起こします。驚くべきことに、紳士の国英国では、被告が自身の無罪を証明しなければならない、という大変時代錯誤も甚だしい法律制度があります。もちろんアービングはその事を知っていて裁判を起こしているのですが。裁判で争う事にしたデボラは・・・というのが冒頭です。

差別主義者の権利も守らねばならないのでしょうけれど、まぁアービングが大変憎たらしく描かれていて、なかなか説得力あります。私個人の感覚ですと、本当にくだらない争いだと思いますし、アービングのやり方そのものが姑息で卑怯なので馬鹿らしいんですが、負けず劣らず訴えられるデボラも感情的になるのでハラハラします。しょっぱなから、デボラが私はそのうち何かをする、という親のセリフをそのまま受け入れてて、すっごく不安感があるのです。

でもこの映画で1番驚いたのは、英国の司法システムです。この状況でよく現代までやってこれてますね・・・推定無罪の法則が通じないなんて、信じられません。無い事を証明するのってすっごく難しいんですよね・・・だってカラスは黒い、を証明するのに、1羽も白いカラス(白じゃなくても、黒以外)が『いない』事を証明しなくちゃいけなくて、それってほぼ不可能です。この映画で1番びっくりしたのはこの英国の法律の現状ですよ・・・本当に今でも信じられません。

とにかく、英国の裁判を扱った、しかも非常に現代的な問題に焦点をあてる映画で面白かったです。

英国の裁判制度、もしくはホロコーストについて知りたい方に、オススメ致します。

アテンション・プリーズ!

ここからネタバレありの感想になります、未見の方はご遠慮くださいませ。かなりなネタバレになっております。

弁護団のそれぞれの方々の描写が良かったです。みんな専門的な一芸に秀でた人が集まって頑張るのってすごく好きな展開です。
特に冷静さを、客観性を武器にするアンソニーが良かったです。証人として生き残った人を呼ばない、と決定している部分も凄く説得力あったと感じました。基本的には、デボラに、アービングが生き残った証人を罵倒しているビデオを見せるべきだったとは思うけど。
確かにデボラの言い分の方が客観性ある事実を積み重ねているし、全く持ってまっとうです。でも、だからって、この人感情に流され過ぎるし、気分がコロコロ変わってすっごく困ります、そういう意味でも弁護団が頑張った感じが強くて良かったです。
デボラの主張は最もですけど、アービングの主義(やり方は卑怯で、頭が悪くて、恥知らず)は、認めた上で、反証をもって否定しなければならないと思います。どんな人にも、その人の信念や言論の自由を保証すべきですから。『貴方の主張には全面的に賛成できないが、貴方の意見を言う機会は死んでも守る』という事に尽きると思うんです。
ただ、このアービングの主張のほとんどが言いがかりだし、頭が悪い。もう頭が悪いとしか言いようがないと感じます。物凄く固執してしまって客観性もないんです。 個人的には差別主義者を擁護したくないしレイシストと話しもしたくないけど、レイシストの言い分を聞いて反論出来る場は必要だと思うし、論破された事実をもう少し公的に扱って、以後この種の論説を立てている者は、これまでの経緯を(過程を、裁判記録を、エビデンスを!)否定するもの、というレッテルを貼って欲しいと思います。そうする事で本当に不毛な議論って少なくなると思うんです。が、凄い穴もあって、では、誰が、事実と認定するのか問題が立ち上がってきてしまいます。ですので、個人や団体ではなく、何度も何度も繰り返し検証出来る仕組み、システムを通さないと、『俺が信じたい何かを信じる勝手』を他者に押し付けようとする輩を少なくする事は出来ないんじゃないか?と思います。
この問題は特に疑似科学とか似非科学というトンデモを生む仕組みと似ています。人は言いたい事を言っても良いし、愚行権もあるけど、でも他者に何かを訴えるのであれば、せめて反証可能な科学的事実を積み重ねた、事実を基にした上で行ってもらいたいのです。歴史に関すると、もっと様々な(自然科学よりも)要素が絡み合って出来上がっていると思いますし、だからこそロマンがあるとも言えます。その中である種の自由度はあると思うけど、全然関係ないでっち上げを基に話しをするのは無駄だと思いますね。
あのリチャード・ドーキンスでさえも、いろいろ反証して証明してあげても、俺の話しに何らかの真理性があったからこそ、リチャード・ドーキンスほどの人が反証しようとしたんだ!(しかしその反証結果は出さない)とか言い出す人がいるという事で反証をするの止めた事実を知ると、暗澹たる気持ちになります。
閑話休題
いろいろ話が飛んでしまいましたけど、1番こりゃダメだ、のシーンはアービングが『死体の消毒』と言い出した事です。死体をどうして消毒しなければならなかったのか?もし、本当にしなければならなかったのであれば、生者に対して先にするはずなんです。歴史修正主義って都合の悪い事に対して、とても度量が狭いんだと思います、しかしこれって別に歴史修正主義に限らず、私の現実でも同じことです。なかなか認められない事ってたくさんあります。わざわざ根拠を求めなくても良い事ありますよね。でもそういう意味も内包されている、という事は忘れないようにしたいです。それにしても、な理屈ですけどね・・・
Wikipedia情報なんで、信頼性があるか微妙ですけど、1番溜飲が下がったのは、この事件の後、アービングが破産した、という事柄ですね。その後にやはり自らの発言にて逮捕されて、言説を曲げています、いわゆる転向したと捉えられる発言をしている、という事までは理解出来ました。でも自らの主張を完全に放棄したのか?は分からないです。 裁判長の言う、自らの信念により信じている場合は嘘と認定出来ないかも知れないという部分には衝撃が走りました。確かにそうかも。だからこそ、もう少し人間は進歩しなければいけない。哀しい事実だけど、そういう頭悪い人はこれからもいなくならないんでしょうね・・・ でも、人って陰謀論好きですよね・・・本当に悲しくなるくらい陰謀論が大好き。そしてそれって噂が好きなのと根本は近いと思う。

「ボヘミアン・ラプソディ」を観ました

2018年11月17日 (土) 09:45

ブライアン・シンガー監督     20世紀フォックス

大変話題になっている映画、英国バンドのQEENを扱った、という事になっていますが、まぁヴォーカルのフレディ・マーキュリーの自伝的映画です。

如何にしてQEENになり、フレディがどのように生きたか、を描いた作品です。

伝記映画ですので、結構端折りますし、あまりな事実はオミットされてますけど、なんの伝記映画でもそうですけど、初心者入門としては悪くない映画だと思います。音量気にせずにQEENの曲がたくさん聞けるだけでも楽しいです。有名な振付士のジョージ・バランシンが言った言葉ですけれど『バレエ作品が面白くなかったら目を閉じて音楽を聴いていればいい、それだけでも素晴らしいのだから』という趣旨の発言を思い出してしまいます。

私はそんなにQEENに思い入れが強いわけではありませんが、ライブエイドは見てますし、知ってる曲もいろいろありますけれど、とってもみなさん似てますし、楽しめる作品だと思います。もちろん、思い入れの強い人は、結構怒る人がいても不思議ではないと思います。なんといってもフレディを演じるのはとても難しい事ですし、似せる、というのは結局偽物であるのですし。

この辺が伝記映画の難しいところで、だったら当時の本人映像を流して欲しい、という意見が必ず出てくると思います。でも伝記映画ってそもそもそういうモノなんですよね。だから、仕方ないと思います。でも似せる、に寄せているので、フレディ役の人の喋り方、すっごく気になりました。職業柄なんですけど、何か遺物を口の中に入れているような喋り方に聞こえるんです。私はそれほどフレディ本人の前歯は気になりませんけどね・・・

楽曲は、大変素晴らしいですし、フレディという人物のパーソナリティとしての趣味趣向は理解できるようになっています。この映画で興味を持った人がより詳しく知りたくなったら調べたり聞いたりすればそれでイイと思います。多分本物には勝てないと思いますので。この映画も制作者側はそれが分かってるので、ちゃんと最後に白旗を振っている感じになってます。出来ればライブエイドの場面は当時の映像を見ていただいた方が良いと思います。

詳細は知りませんけど、多分ライブエイドの頃にフレディが病気の事は知らないと思いますし、映画のクライマックスをとあるシーンにするためのエモーショナルな作りが気になる人には気になる作りになってますけど、それも伝記映画には付き物でしょう。

あと、ライブエイドの目的をもう少し説明してくれても良かったんじゃないかな、とは思います。ここに集まった人々はもちろんライブも観たかったと思いますけど、チャリティーに行ってるんですよね。

もちろん観ている時はそんなに気にならずに、結構楽しく見てますし、面白かったです。

QEENをよく知らない方、QEENに詳しくないけど曲が好きな方に(QEENを愛してる人だと、ちょっと難しいかも・・・)にオススメします。

でも、このライブはやはりイイです。

後半のウェンブリーが埋め尽くされて、そして手で再び埋め尽くされているのを見ると、音楽の持つチカラを再確認してしまいます。本当にスゴイ。

「華氏119」を観ました

2018年11月12日 (月) 09:29

マイケル・ムーア監督      ギャガ

マイケル・ムーアの監督作品ですし、気になっていたので、足を運びました。

何で119なのかな?と思ってたんですけれど、これは2016年11月9日にドナルド・トランプが当選した日の事でした。まぁ前に『華氏911』という作品を撮ってますし。

マイケル・ムーア氏の主張は結構大胆な部分もありますし、全部が全部肯定できるわけではありませんけれども、1番尊敬出来るのは『現場に出かけるという行動を起こし、カメラに収めて、何が起こっているのか、よく知ろう』という部分です。どういう主張になるにしろ、この現状を知ってからだ!という気概を感じますし、その点は全面的に同意致します、これが映画になるとちょっと説教臭くなる事もありますけどね。

ドナルド・トランプっていう人がどういう人なのか、まずそれを知る事からこの映画は始まります。ドキュメンタリーっていつも思うんですけれど、結構都合良く編集出来る、という点を忘れないようにしなくちゃって思うんです。ドキュメンタリーで言えば最近見た「肉」フレデリック・ワイズマン監督作品(の感想は こちら )くらい、起こったままを出す方もいますけど、多分少数派でしょうし。もちろんマイケル・ムーアは編集しまくりです。だからマイケル・ムーアにとって、都合の良い部分を編集して、そう見せている可能性がある。前後の文脈は正直分からない、もしかして冗談めいた発言を切り取って、意地悪く編集しているのかも、って可能性を捨てる事は出来ないと思うんです。

それでも。それでも、です。ドナルド・トランプの言動は、ちょっと常軌を逸していると思います。冗談で言っている場面も多分含まれていると思います。でもこれが冗談になるとは思えません。たとえば、娘をどれくらい愛しているか、好きでいるか?を表現する為に、娘じゃなかったら〇〇〇だ、とは普通の感覚では絶対に言葉に、映像に残る場面で、人前で、言えません、私の感覚の常識、普通で言えば。それを軽々と、超えてきます。言葉を使う人間の1人として、あんまり使いたくない表現に『生理的に受け付けない』というのが私にはあって、それって拒絶じゃないですか。話し合いにさえしない、と断言して切り捨てる事には、かなり抵抗があります。でも、生理的に受け付けない事ってあるとは思いますけど、反射的に頭に浮かんだ言葉ですね。うん、確かに常軌を逸している。

トランプ政権がこれから向かう先が、先駆的に表れた場所として、マイケル・ムーアの生地であるフリントを挙げて説明してくれます。マイケル・ムーアの初期作品の「ロジャー&ミー」という作品でもフリントが舞台でした。そのフリントの、ミシガン州知事に、トランプの知り合いで大富豪のリック・スナイダー氏が就任した事で起こった水道水鉛混入問題で、今後の予想をしてくれます。あくまでマイケル・ムーア側の主張でしかない、とは言え・・・本当に酷い実態でした・・・しかも時の大統領バラク・オバマの対応の酷さが、期待が高まった上でのことだったので・・・

そして、ココが肝なんですけれど、こういう事で、有権者が選挙へ、政治への興味が無くなった、と言っています。その他の例もヒドイものでした。民主党のヒラリーの対抗馬であったバーニー・サンダース候補の事もそうです。いわゆる流行りの『忖度』が、権力者に向かって発動している状態、いや、それではちょっと生易しく、明らかな数値改変、もっとはっきり言うなら騙しと虚飾が行われていた事です。フリントの鉛汚染問題も、民主党の大統領候補者予備選でも、です。

しかし、良い部分にもマイケル・ムーアが目を向けています。高校で起こった銃乱射事件の後、高校生の、SNSを使った、選挙権の無い人の政治活動です。いわゆる政党の枠を超えて、その機能不全を、機能不全に陥ってるぞ、と声に出しています。確かに幼い、非常に簡潔であるからこその危うい部分も感じますけれど、でもそれ以上に、今の政治への不備を痛烈に刺激し、不当な言動を行った立候補者への落選運動が成り立っているのは、驚愕でした。日本では、起こりにくい現象かも知れません。

その、日本では起こりにくい現象かも、とか思ってる私の頭を殴りつけるような、最後のシークエンスは、かなり説得力がありました。結構な恐怖体験でした。下手なホラー映画よりも怖い作品です。

「帰ってきたヒトラー」デビッド・ヴェント監督(の感想は こちら )をご覧なかった方に、民主主義のようなまだるっこしい手続き重視の政治形態よりも、優秀なリーダーの基の独裁主義が眩しく見える方に、オススメ致します。

「ダウンサイズ」を見ました

2018年11月9日 (金) 08:57

アレクサンダー・ペイン監督        パラマウント

アレクサンダー・ペイン監督作品は3つしか見ていないんですが、中でも「サイドウェイ」(の感想は こちら )と「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」(の感想は こちら )がかなり好きな作品だったので、見に行かなきゃ、と思ってたんですが、主演がマット・デイモンで・・・私なんでか、マット・デイモンがあんまり好きじゃないんですね。

あ、ここからマット・デイモンさんに対して(またそのファンの方に対して)非常に不快な表現になってしまいます事を先にお詫び致します。マット・デイモンさんご本人(日本語は読めないと思うけど)とそのファンの方は読まないでいただけると幸いです、すぐに終わらせます。

最初に観たのは「グットウィル・ハンティング旅立ち」でして、なんか鼻持ちならない役な上に、脚本でご自身が入ってるって、いくら何でもそれはやり過ぎではと感じてしまいました。主人公に感情移入してれば心地よいかもですけど、どうしてもなんか鼻につきまして。以後「チェイシング・エイミー」、「プライベート・ライアン」、「トゥルー・グリット」、「エリジウム」とみる映画で全て、なんだか鼻持ちならない役だなぁ、と感じてしまい、だんだんと顔まで嫌味に感じてしまって・・・1番スカッとする役だったのが「インター・ステラ―」のイイ人そうに見えて実は、で留飲が下がっただけで、後はあんまり好きじゃないんですね。だから「オデッセイ」も観なきゃなぁとは思いつつ、まだ未見です。1度、時間をかけて何で嫌いなのか考えてみたんですけど、やっぱ顔なんじゃないかな、という結論です、はい自分の顔を物凄い上空の棚に上げての発言です、自覚しています。すみません。でも、なんか鼻持ちならないんですね、すみません。←大事な事なので2度謝っておきました、許してね。

悪口終了。

なので敬遠してたんですけど、「2018年見逃し後追い作品その2」として見ました。見て良かったです。

人類を人工的に13cm(およそ1/8サイズ)に出来る技術が発明され、人口増加の世界的危機を脱する技術としてもてはやされてから数年後。アメリカに住む作業療法士であるポール・サフラネク(マット・デイモン)はストレスフルで貧困ではないものの、妻オードリー(クリステン・ウィグ)が住みたいと思える家に住めるという願いを叶えられるよう、ダウンサイズを行って資産を増やす決意を固め・・・というのが冒頭です。

アレクサンダー・ペイン作品ですから、小さくなること、が主眼じゃなく、もっと大変哲学的なストーリィになっています。小さくなる事に興味がある方は良く知らないけど「アントマン」とかを見ればいいと思います。

小さくなって、裕福になり、働かなくなった人々の生活が大変見事に描かれていますし、その代表格を演じるクリストフ・ヴァルツが、大変下卑た笑いをするのがもう似合い過ぎて最高です。名前を間違える笑いも最高ですし、重大な決断を下す最終場面での、大変アメリカナイズされたオプティミストぶりも最高です。今作の最後の決断、私はその決断を、強く支持しちゃいます。

割合最初で明かされる、まぁヒドイ選択をオードリーがするんですけど、その際の理由が本当にありえそうで、すっごく笑ってしまいました。うん、ヒドイ。

そこから流れに流されていくポール(マット・デイモン)が本当にイイ意味で笑えます。大変誇大妄想的な判断を下すシーンと、それをクリストフ・ヴァルツに「彼はだいたい反対の結果を得る」的に見透かされてるのも、すっごく良かったです。

あと、アメリカ人には8つしかないアレが本当に凄く笑いました。

それでいて、人生の生きがいを扱った作品。いつも通り大変アレクサンダー・ペイン監督作らしいとしか言いようがないです。

アレクサンダー・ペイン監督作品が好きな方に、あと、生きてる意味を考えてみたくなった方にオススメ致します。

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