井の頭歯科

才能、そして、波及。

2021年3月18日 (木) 11:29

才能、センス、そういうモノに惹かれます。

ある決まった様式があり、その様式を極めつつ、さらに解釈を広げ、その先を目指す。そういう飛び受けたセンスを、カリスマ性がある、とか天才、と呼ぶのだと思います。

型を知った上で型破りが行える、自己流ではなく、基本、基礎を身体に沁み込ませる努力なくして、その先は存在しないと思います。そして、映像やら資料が蓄積され、誰もがその存在を知った上で、その先を見せる事は、とても難しくなっていきます。テクノロジーが発達すると、誰もがある程度のレベルへ行ける代わりに、オリジナリティが生まれる機会がぐっと少なくなるのではないかと思います。

フットボールで言えば、ペレの時代にオーバヘッドシュートを放てる人は世界に5人もいなかったはずですけれど、現在のフットボールでは、恐らくプロのほとんどの人が出来ると思います。真似る事は簡単ですけれど、オリジナリティを生み出す事は、とても、とても稀有な事だという事です。

私は生で見た事がありませんし、彼のオリジナリティを言葉やテクニカルの部分を説明する事が出来ません。しかし、明らかに、センスがあり、他の誰とも違うオリジナリティを感じさせ、その上、型破りな突き抜けを感じます。エピソードにも事欠かない(映画祭に呼ばれて参加したために、レッスンを休んだので団からの解雇を告げられたり、全然練習に来ないのに、いきなり本番のごとく出来たり・・・)まさに型破りな天才がこの世を去りました。

パトリック・デュポン (1959.3.14-2021.3.5)

パリオペラ座のエトワール。私が認識したのは、引退してからですし、僅かな作品しか知りませんけれど、バレエは古典芸能なので、特に、演者が誰なのか?が光る芸術だと思います、落語にも共通する部分があると思います、そういう意味で。

「失われた時を求めて」をローラン・プティが振付したこの作品は音楽と言い、振付と言い、個人的には1番どの演目よりも好きなのですが、最初に観たのはこの作品でした。本当に素晴らしく魅力的です。

落語的、と言う意味で1番分かりやすいのは、多分、永遠のアニキ、ベジャール先生の振付した「ボレロ」だと思います。古典芸能(とはいえ多分まだボレロという演目はコンテンポラリーに属すると思います)ですから、細部の違いが分からないと、この凄さは理解しにくいと思いますし、私もほぼ何も知らないに等しいのですが、まぁボレロと言ったら、普通はジョルジュ・ドンなわけです。ベジャールはドンに振り付けているわけですし。個人的にはデュポンのボレロを見るまでは、ダンサーの好みとして、マリシア・ハイデのボレロが変則的であっても面白かったし好きだったのですが、自分の好みが更新された気がします。その後様々な踊り手がボレロを踊っていますし、映像にも残っていますけれど、女性で言えばシルヴィ・ギエムも圧倒的なんですけれど、この追悼のタイミングで観たデュポンのボレロはすさまじかったです。キレのソリッドさは(こんなに映像として古くて不鮮明なのにも関わらず!!)、多分誰よりもキレッキレだと思いますし、1番恐ろしいと思ったのは、そのAndrogynousです。

首藤さんのボレロ

デュポンのボレロ

生では私は首藤康之さんのボレロを観た事があるのですが、首藤さんの場合はとても日本的で、両性を消す方向に働いていると思いますし、とても能とか詫び錆びを感じられます。が、デュポンの場合は両性ともが激しく主張し合っているのに、統合されていて、恐ろしく感じます。ちょっと見た事が無いです。そう言えば確かに普段からAndrogynous的な魅力があったと思います。

残念がれたり、惜しむほど、生前を知らなかったし、理解出来ていなかったから、悲しむという程の事を言える立場には無いのですが、残念だと思います。この人が指導者として、育てた人を見て観たかった。天才と簡単にカテゴライズされるのは、多分本人は嫌だったんじゃないかな?と思うのですが、それでも、個性溢れる唯一無二(とはいえ全員人間としては唯一無二なのは当然だとして、バレエダンサーとして、と言う意味)のダンサー。

そしてもう1人、全くジャンルは違いますけれど、長く第一線で活躍され、今年51歳になる私は幼少期から見ていたわけですが、その当時は全く認識していなかったのに、その方の仕事をそれこそ繰り返し、何度も何度も見続けた結果、ある種の刷り込みまでされている、と言ってよいと思いますし、私と同世代で観た事が無い、と言う人はほとんどいないと思います、ただ、それが大塚さんの仕事だとは気がついていないだけだと思います。

大塚康夫  (1931.7.11-2021.3.15)

私が最も見ている大塚さんの作品と言えば、間違いなく「カリオストロの城」です。

幼い頃に刷り込まれているので、どうしてもワクワクしか感じません。よく考えると本当におかしなストーリィなんですが、それを越えて、動きの面白さ、音楽の素晴らしさ、演技の妙があって、何度でも観てしまいます。


全然ジャンルは違いますけれど、偉大、と言う意味では同じですし、また地上が味気ない世界になったと思います。

もうすぐ総会があります

2021年3月12日 (金) 09:37

ttえも、とてもいろいろ忙しい毎日です・・・年度末ですし、初めての役職での総会がもうすぐですし、コロナ禍で、会議もリモートですから、なかなか意思疎通も難しい毎日です。その分テクノロジーの有難さは理解するのですが、直接会って話をすれば済む事に、手間暇をかけなければなりません。

ですから、カルチャーを摂取する余裕がなく、本を読む事も難しい上に、映画さえなかなか見る事が出来ませんし、多分心の余裕がないので、見たい、と言う気持ちにそもそもなりません。

で、そんな中だからこそ、ベタが心地よく響きます。

今はこんな気分。

BPMを、録音された音を加工する事が出来なかった時代に、完璧主義者のお兄さんの支配下で、いや、だからこそ出来上がった曲だとも思いますが、ニクソンに褒められる事がどれだけきつかった?と思うと、大変厳しいと思いますが、時代を経ても輝きを失わない曲。

歌詞も、納得の心境です。みんな知ってるけれど、きっと、この人とは大丈夫、と思っての行動なんだと思いますが、私は人としての能力が低いと自覚し、自覚させられる場面が多いので、冷静になれるのかも。

頭に虫が湧いている状態での判断って誤りを後で嫌と言う程気がつかされます。

そもそも人と人とは理解し合えないもので、だからこそ、それでもなお関係を築き上げ続けられる人という認識が無いと、難しいです。そういう意味で、友情ってスゴイ。ジェーン・スーさんの言う目減りしない資産価値だと思います。

R.I.P

2020年10月13日 (火) 09:35

今とても忙しく、いろいろまたご報告致しますが、とても悲しいニュースだったので。

また、本当は、その存在が消えたから、何かのアクションを起こすのは、とても下劣な行為で下品だとも思います。生きているうちに、何をしたのか?なにを伝えたのか?だと思っていますが、それでもあまりに大きな存在だったので・・・

みんな好きな曲があると思いますけれど、私にとってはこれ。だけじゃないんですけれど、ぱっと思い浮かぶのがコレ。

歴史を学ぶ 姿勢 の話し コテンラジオ!

2020年5月26日 (火) 09:32

私は歴史を学ぶことを、大人になって面白くなる体験をしました。

歴史の授業を面白い、と感じる事は無かったんですが、歴史の面白さに気付かせてくれたきっかけは、みなもと太郎著 漫画「風雲児たち」を読んだ事です。

歴史の事象は、時間軸という縦軸と、人の成し遂げた事や生き方という横軸のまじりあいで出来ている、という面白さを、学ぶ事が出来ました。

そこから、司馬遼太郎も読みましたし(とはいえ脱線が多すぎると感じましたし、ちょっと称賛も過多な気がします)、どちらかと言えば吉村昭の方が好みになりましたし、塩野七海でローマやイタリアを知る事も出来ました。

気になった人物と言えば、江川太郎左衛門英達、そして、フィリッポスⅡ世の2人です。この人たちの本は出来るだけ探して読んだと思います。

人物を知る行為の中ではなかなか知りえない、もう少し長い尺度が理解出来るようになったのも、歴史の面白さに拍車をかけると思います。

例えば、小笠原諸島の領有権をアメリカと争う外交の時に、日本に有利に働いたのは、松平定信に出版を差し止められた、林子平の三国通覧図説(日本では発禁処分です)で、オランダ経由でヨーロッパに入り、当時のヨーロッパでは、唯一と言っていい日本語が読める、日本人漂流民を雇って(帰国は刺せてもらえない・・・)日本人学校を作っていたロシアに漂流した大黒屋光太夫一行の一人でロシアに残った新蔵が翻訳した、という事実が、端的に表していると思います。

そんな歴史を知る事の楽しさ、その時間軸の長さ、さらにそこに『人』が介在した事で波及する波のような影響を、楽しく知れる媒体を新しく知ってしまいました。

それがYouTubeで観れる コテンラジオ です。

たくさんコンテンツがある中でも、ジャンプの漫画が好きだった、という人にすすめられる、このアレクサンドロスⅢ世の話し、是非見て頂きたいです。

3人の人の、この会話の化学変化が起こる様が、凄く面白いです。

要約して教えてくれる深井さんの知識の深さと面白さ、なんでも少年ジャンプ漫画にパラフレーズしてくれる司会者の樋口さん、絶妙なツッコミと何でここで?というボケがたまらないヤンヤンさんの3人がキャッキャ言いながら話す歴史の話し、凄く面白いです。

とにかく、フラットで、相手の文脈で歴史を学ぶ、そして俯瞰する、という行為がタマラナイです。

歴史が好きな方に、オススメ致します!!

大林亘彦監督の訃報 と 藤原啓治さんの訃報

2020年4月17日 (金) 09:09

大林亘彦監督が亡くなられてしましました・・・

私が最初に大林作品を観たのは、原作「おれがあいつであいつがおれで」の山中恒著の原作を読んでいたからで、その当時たしか小学6年くらいの頃の話しです。その当時、山中恒さんの「ぼくがぼくであること」で山中恒さんにはまっていた頃だったので手に取り、凄く面白かったのを覚えています。中でも最高傑作だった「ぼくがぼくであること」に次いで面白かった「ぼくがあいつであいつがあれで」の映画化!と聞いて、叔母さんに映画館に連れて行ってもらったのを覚えています。

映画はいろいろな意味で最高に楽しくて、笑えて、そして最後にすん、とくるとても素晴らしい作品でした。その後も好きになって何度か見ています。

そして中学生になった頃から、角川映画のブームが私も知るようになり見た「時をかける少女」が、またまた大好きな映画になりました。

正直、私はテレビに出てくる芸能人やら有名人を好きになる、という事が全然ないのですが、別格で原田知世さんの初々しさには、何かある、と感じられました。好きになった、と言ってもいいかもしれません。まぁあまりに一方的な存在なので、自分とは関係ない、と理解していましたけれど、でも、いいな、とは思いました。しかし原田知世が演じる芳山和子が、という事なんですけれど。

つまり、芳山和子が気になるのですが、映画を最後までみていただければわかりますが、映画は原田知世の歌う「時をかける少女」のプロモーションビデオ、として映画として完成しているので、本当にいろいろ入り組んだ映画だな、と思ってます。そういう仕掛けを経験して、原田知世が演じる芳山和子が、好きになったわけです。

もちろん、映画としていびつだけれど、面白い!と思いました。でも、この時は同じ監督が撮っているとは気づいてなかったです。

私が観ている大林作品は多分この2本だけですね・・・決してイイ観客ではありませんし、悲しがるのも失礼だというのも理解していますけれど、でも、大変ショッキングな映画体験でした。それも小中学生の頃の経験ですので、大変刷り込みが強かったと思います。これから、大林作品を観て行こうと思います、でも、このままこの2本を大事にしていくかも・・・

そしてもう1名、この方はもっと何にも知らないに等しいんですけれど。藤原啓治さん、いや、クレヨンしんちゃんのお父さん、ひろし!

映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツオトナ帝国の逆襲」を、いろいろな人からオススメされてみたのですが、相当な大傑作だと感じました。そのお父さん ひろし を演じていたのが藤原啓治さんです。

原恵一監督の大傑作ですけれど、子供に向けられた作品であるのに、大人がやられてしまう作品として有名ですが、私も同様にやられてしまいました。

悪の組織「イエスタディワンスモア」の主張に、大変共感してしまいます。そして、ラストの、あの展開の、ただ走る姿に、素直に感動してしまいました。

そんな作品の肝の人物を演じる藤原啓治さんの声の素晴らしさは、悪の組織のトップの声の素晴らしさと同時に非常に感銘を受けました。

どんな人でもいつか亡くなるのですが、亡くなってから追悼するよりは、亡くなる前に、ちゃんと応援しなければいけないと常々思っています。このお2名ともそれほど何かが出来ていたわけではありませんが、それでも、残念で悲しいです。

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