井の頭歯科

「春の城」を読みました

2010年7月8日 (木) 09:15

阿川 弘之著          新潮文庫

井の頭歯科のHPを制作していただいた会社、ユニバーサル・フェローズの担当者の方にオススメしていただいた本です。HPを作ってかれこれ1年以上経ちますが、時々このブログを読んでいただけていたようでして、この度また少しHPをリニューアル(というほど大げさではないんですが)する機会にお会いしたときにオススメ頂きました。彼もかなりの読書家のようです、オススメが渋いですから。司馬さんよりも吉村さんを好むという共通傾向からこの阿川さんを教えていただきましたが、まさにツボでした。

名前は知っていましたが、読むのは初めてです。太平洋戦争末期の広島の青年とその周りの人々を描いた作品です。が、この語り口のトーンの静けさがまず素晴らしかったです、かなり早い段階で物語に取り込まれました。また、どうやら作者ご自身の自伝的小説のようですし、処女作ですから、非常に凝縮されたものを感じます。私はその作家の処女作に、とても重要な何かが現れる傾向があると思っていますので(もちろん全員じゃないですけど)、この作品から阿川さんに接することができて良かったです。

昭和16年の夏。文学部の大学生として東京で暮らす小畑耕二は大学の授業にはあまり身の入らない、戦争の先行きが気になる大学3年生。故郷広島には両親と、とても近しい友人で4つ年上の兄のような存在の伊吹幸雄、そしてその妹智恵子がいる。幸雄は海軍に入ることになり、身近に戦争を感じ始めるのだが、その流れは急速に速さを増し・・・というのが冒頭です。

太平洋戦争に巻き込まれた主人公耕二の周りの人々を克明に、しかし瑞々しく描いた青春ものともいえる物語です。戦争がいかに悲惨であったかはもちろんなのですが、それ以上に、当時の人々が何を考えて、どう生きていたのか?を日常の風景や瑣末といえる事柄を大事に描くことで、鮮明に浮き上がらせます。悲惨なものを悲惨なまま描くやり方もありましょうけれど、厳しい現実と地続きでおなかが減るという生理現象をも描く繊細さが、非常に上手いと思いました。特に食べ物の記述は名前だけでなく、そのものがどれだけあり難いものであったのか?を理解させてくれます。そしてテンポよく、ぐいぐいと読ませるチカラに溢れ、現実の結果を知りつつも、先が気になる構成になっています。

特にいわゆる東京と田舎、海軍と民間人、男と女という対比とその細かな違いの浮き上がらせ方が、機微の描き方が、非常に未完成ながらも、上手いです。これが処女作、凄いと思います。特に智恵子という女性との物語は、恐らく実際にかなり近い経験をなされたのだろうと思います。単純にできない様々な心のゆれを見事に表していますし、書かずに想像させるのも上手いです。非常に抑えた視点が、また素晴らしかったです。強いメッセージ性を放ち、恐らく強く非難したかったり、どうしようもない悲嘆を描ききっているにも関わらず、その抑えた文章が、より心に響きます。

何を言おうと、実際に戦争を経験した方にしか分かりえないものを、ここまで見事に経験の無い一読者である私にも、強く訴えかけてくるのは凄いです。様々な人々が出てくる群像劇と言ってよいこの登場人物の中での久木の描写は、まるで見ているかのような凄惨で惨たらしく、どうしようもないものではありますが、広がりある文章と描写でしたし、人物像に近しいものを感じました。

戦争中の思想弾圧、抑制、そのようなものがどのように日常を覆っていたのか、知ってはいても実際の感覚としてどのようなものだったのか?を如実に表しているように私には感じられました。

近現代史を学ぶことも重要でしょうけれど、その場の雰囲気を知らないものにとって、こういった小説の形をとった観察は、重要であると思います。

また、最後の解説があの小山清!!凄い繋がりでしたし、妙に納得できました。悪くない、とても小山清らしい解説です。

皮膚感覚としての戦争を、『小説』で味わって見たい方にオススメ致します、非常にリーダビリティー高いです、一気に読めます。

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