井の頭歯科

「虐殺器官」を読みました

2010年9月15日 (水) 08:58

伊藤 計劃著              早川書房

9.11後、先進国ではトレーサビリティと絶え間ない認証によるセキュリティレベルの上昇をもってテロと戦い、発展途上国ではもっと盛んな内戦やテロリズム(核も、もちろん)が横行する近未来。米軍の諜報機関でもあり、暗殺機関でもある部隊、情報軍の特殊検索群i分遣隊の一員であるシェパード大尉の目線で繰る広げられる【世界】の残滓。残虐な描写を含みながら、現実と向き合うことで生まれる様々な葛藤、生と死、アメリカンウェイオブライフ、神、肉親から残されること、言語学、文学・・・どの問題にもそれぞれの答えを出しながら進むことで、シェパード大尉の物語が、あなたの物語になる不思議な作品です。

構成的には、きっとどこかで読んだ物語と違いはないのですが、そのディティールや死生観に、独特の強さがあり、様々な事柄を扱いながらも、その到達点はいままで読んだどのSFよりも現実的で突き抜けている稀有な作品でした。

言語学者ジョン・ポールの思惑とシェパード大尉の物語なのですが、読ませるチカラ溢れるリーダビリティを少しも犠牲にしないで、これだけの描写やディティールにこだわれるその技術の高さ、そして結末とエピローグの突き抜け方は、経験の無いレベルでした。

トレーサビリティと安全の関係の盲点(と書きましたけれど、トレーサビリティを操作するのは人なわけで、偽の情報を入れてしまえば偽装表示と全く同じで、ただ今まで以上にコストがかかるだけですよね)、先進国と発展途上国との欺瞞、良心という機能について、脳死判定を受け入れるということ、自由と平和の対価、ジョージ・オーウェル、カウンセラーと倫理的ノイズ、愛国心の浅い歴史、見たいものしか見ない人々、そしてある地平(それはたくさんの死や苦痛によって支えられている!!)を越えてしまったところにある決断が最後に待っています。

あくまで1人称で語られるシェパード大尉の物語が、ジョン・ポールの物語が、知らぬ間にあなたの物語になるチカラを持った作品です。エピローグ後の【世界】の萌芽を、実はすでに日本に生きている私には感じられます。

実は作者の伊藤さんは既に亡くなられてしまっているので、これが本当に残念。とてもお若かったのに、残念。

戦争、テロリズム、愛国心、言語学、良心、トレーサビリティ、そんな単語が気になる方にオススメ致します。

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