井の頭歯科

「日本沈没」を読みました。

2018年8月17日 (金) 09:46

小松左京著     小学館文庫

新たに歯科医師会の仕事として、災害対策委員会に配属されました。そこで災害小説の古典、いつかは読まなければ、と思っていた作品に手が出ました。刊行当時は関東大震災から50周年の時だったようです。関東大震災についてはまだまだ知らない事が多いのですが、様々な問題や疑心暗鬼もあったと思いますし、東日本大震災の時も流言や誹謗中傷が目立った事もありますし、我々一人ひとりが備え知らなければならない事がたくさんあると思います。

また、私は小松左京さんの著作は「ゴルディアスの結び目」(の感想は こちら )しか読んでなかったんですけれど、本当に読みでのある作品でした。「日本沈没」はタイトルからして出オチ感があり、その辺から手を出せていなかったんですけれど、そういった行為を恥じ入るべき、くらいに面白かったです。

潜水艦技師で操縦者でもある小野寺は、南の島の異変を調査するべく東京都から500㌔ほど離れた南海の孤島である鳥島付近の島の調査に、友人で助教授の幸長と向かうのだが・・・というのが冒頭です。

災害小説でSF小説でポリティカルな側面もあり、という事になっていますけど、本質的には「日本」論小説ではないかと感じました。真っ先に思い出したのは山本七平著「空気の研究」とイザヤ・ベンダサン著「日本人とユダヤ人」です。

ディザスター(災害)小説として、もちろん大変に大きな事象を扱っていますし、日本全土が沈没するわけですから、かなり詳細な科学的事象の説明があります。プレートテクトニクス(私はプレート理論として習った気がします)や、全然知らなかった、海底乱泥流や、重力以異常帯や、マルコフ過程や、エルグという単位や、チャンドラセカールなど、専門用語が大変多く、しかも73年発表ですから、物凄く早かったであろう横文字も大変多く使用されていて、今でも十分通用すると思います。

途中で調べた単語は本当にたくさんありました。中でもヴェゲナー仮説というのが大陸移動説を唱えた学者でしかも気候学が専攻だった事は特に調べて良かった点です、全然知らなかったです。小説の中で1番動悸が激しくなった部分

田所博士「地球上における、温度の違う流体団塊のふるまいがもっともはっきり分かっているのはどんな分野だ?」

幸長助教授「気象です・・・」

の説明の時に、この事を知り、さらにびっくりしました。

老人渡の呼んでくる京都の学者が、まさに私の想像する京都学派的な善の側面を体現出来ている印象を受けました。近代の超越とか言い出す前、西洋と東洋の融合にこそ意味を見出していたような印象を受けるので、詳しくは全然知らないんですけれど。

災害小説として捕えると、その論理的メカニズムを説明してくれるリーダーのようでいてマッドサイエンティストのような田所博士のキャラがまずエッジが効いていて素晴らしいです。日本の置かれた当時の状況、敗戦の影響と、その事で自覚された民族や国家についての言及も、ある種手垢のついた表現とは言え、そこを乗り越えた先を目指しているからこそ、なのがとても分かり易く理解出来た気がします。

ポリティカル小説としてもまるでシン・ゴジラの巨災対のような(もちろんこちらの方が全然早いんですが)D-1チームの面々も多彩でチーム感がイイです。中でも幸長と中田のコンビはとても良かった。さらにフィクサーのような老人・渡とのやりとりも印象深かった。最後に出てくる渡と田所博士の会話にこそ、この小説のテーマだと思います。もう少し総理大臣の演説っぽいものがあっても良かったかもしれないですが、個人的には、私は田所博士のある種の心中の吐露に、意味を感じてしまいました。この部分は誰かと議論してみたい気がします。果たして日本民族として、土地を追われた人間に何処までの尊厳が守れるのか?

地震や災害はまさに理不尽な、人知の及ばない、どうしようもない事象だからこそ、そこに何らかの意味を見出そうとすると、非常に抽象的で、概念的で、観念的で、宗教的な部分が出てくると思います。自然科学はあくまでデータを基にしたアプローチで、出来うる限り観念的なモノを排除した上での、冷静な判断が求められるわけですが、田所博士の論理的説明の最後のピースを埋めるのが『直観』と『イマジネーション』というのも、そこまでは論理的に反証可能な言葉やデータを使って行っていたからこそ飲み込める部分でもあると思います。

この直観とイマジネーションを補足することが私には出来ないのですが、ヒントというかそういうのもあったな?で思い出すのは数学者・岡 潔 と 批評家・小林 秀雄 の共著「人間の建設」(の感想は こちら )です。私が読んだ小林秀雄本の中で10分の1くらい理解出来たかな?という本でしたけど、数学者岡も批評家小林も、とても直観を大事にしていた、と記憶しています。この本を読んでいなかったら、多分飲み込みにくかった部分ではあります、今でも少し違和感はありますけれど・・・

またストーリィのエンジンとも言うべき、愛される主人公である小野寺のストーリィもなかなかな展開でして、玲子の行動が少々理解しずらい部分はありますけれど、まさかこんな展開になるとは思えなかったですし、友人を超えたような存在である結城との繋がりは、ある種の嗜好をお持ちの方であれば大変味わい深い部分だと思います。部長とのやりとりもとてもイイですし、そこから逗子での識者の内輪のパーティの、ハイソな感覚も秀逸だと思いました。

個人的には、小松左京さんの言いたかった事の舞台を整えるため、の小説なんじゃないか?というのが最も強く感じたので、第2部(小説の終わりに、第1部 完の記載あり!)を読もうと思います!

東日本大震災を経験された、その他の災害を経験されたすべての日本国籍をお持ちの方、自然災害を経験されたすべての人に、オススメ致します。

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