井の頭歯科

「イゴールの約束」を観ました

2021年9月17日 (金) 09:27

ダルデンヌ兄弟監督作品

好きなダルデンヌ兄弟監督の作品です。私が知ったのは「午後8時の訪問者」(の感想は こちら )でして、その後「その手に触れるまで」も観ていますけれど、かなり好みの監督です。

ベルギー1990年代と思われます。イゴールは恐らくミドルティーン、しかしタバコも吸いますし、他人の財布を盗む事にも躊躇がありません。父と2人でそれなりに後ろ暗い経済活動(移民の不法入国斡旋)をして生計を立てているのですが・・・というのが冒頭です。

『プレイス・ビヨンド・パインズ/宿命』の後に観ていると、このイゴールとなんとなくバイク繋がりとか、いろいろ考えさせられるのですが、これは少年の成長物語です。しかし、非常に厳しい生活の中での話しです。

子供が子供でいられる時間は、およそすべての時間が等しく限りないモノである事を承知していても、中でも人間のある種の一生を決めてしまう時間でもあるように感じます。その中でも、これから大人になる(=私は自分の生活費を自分で稼げるようになる事、と考えています)その前に、金を稼ぐ、という行為をする、仕事に携わる、非常に厳しい境遇にイゴールは生きています。だからそのかけがえのない時間が、とても少ないです。無駄にも感じられる事もあるかも知れませんけれど、それが豊かさ、という事です。

しかし、それでも肉親である父との関係を主軸に世界を視ているのですが、ある事件があり、その衝撃、その後の信頼していた父への不信感、事件があった時に1番近くに居て、しかもある種託された、まだ幼いイゴールの決断、そしてその託された約束がどうなってしまうのか?というサスペンス要素もあります。

何といってもイゴールを演じた子役が素晴らしく、少し不器用で崩したリバー・フェニックス、は言い過ぎかもしれませんけれど、本当に目線が良かったです。表情が顔に出てしまう子供でありながら、働いている、父親の片腕だという自負、を感じさせる二面性が凄かったです。

かなり重い決断に至るまでを、丁寧に扱った作品。映像は古く感じますけれど恐らくそう簡単には古びない作品。

移民として生きねばならない人の心もとなさ、とてもヘヴィーです。

それと、文化としての呪術、あるいは占いみたいなものは個人的には、そろそろ人間社会からはもう少し『遅れたモノ』という扱いがあってもいい気がします。もちろん、それを楽しみに能動的に受け取りに行く人の楽しみを奪おうという訳ではありませんが、迷信的なモノの扱いは難しいですね。

子供と接する機会のある人に、オススメ致します、流石ダルデンヌ兄弟監督作品!!!!!

「山田五郎さんの オトナの教養講座」を観ています!

2021年9月14日 (火) 09:15

山田五郎のオトナの教養講座 YouTubeの番組です、すごくゆるくてためになる、私のようなレベルの人にも楽しめる美術の番組です。

山田五郎さん、美術批評家としても、編集者としても有名ですけれど、このチャンネルの存在は最近知ったのですが、すっごく面白いです。

美術館には本当にたまにですが、行くことがあります。そして、どうせ行くなら楽しみたいので、少し調べて行ったりもします。ですが、美術について、全然詳しくないです、やはり単発で行くからだと思いますし、好きな作品はその時々でありますけれど、俯瞰してみる事が無かったからだと思います。

高校生の頃にダリが来ていたことがありまして、そこから時々観に行くようになりました。ダリは凄くヘンテコで最初に観に行って正解だったと思いますし、今でも好きなんですけれど、例えばなんでシュールレアリズムになったのか?後年宗教画を書くようになったのか?とかいろいろ不思議な事があるのですけれど、そういうのを調べていくえるのはインターネットが簡単に触れられるようになったからで、高校生の頃はまだそんな便利じゃなかったです。

その後に観て好きになったのは、パウル・クレーとか、セザンヌとかです。でも詳しくは無かった。

それがこのオトナの教養王座を観て、ああ、なるほど!と思えるようになりました。特にフランスのルネサンス以降の画家について詳しく、いろいろな方を紹介してくれています。

それも山田五郎さんの解説が、とても楽しく、知らない人でも楽しめるようになっています。

まさかアンリ・ルソーがそういう評価だったのか!というのもびっくりですし、この天然のアンリ・ルソーがいなかったらピカソもいなかったのか?と思うと衝撃的です。そこにセザンヌのこういう風にしか描けなかったことが、これって新しい!と思う人が出てくることや、そこに日本の版画、浮世絵の存在、それにもちろんゴッホについても影響が与えられ過ぎていてびっくりでしたり、絵だけでなく、そこに作者の物語を、それも点と点が繋がっていく面白さがあり、まるで美術版「風雲児たち」みたいです(私にとっては最大級の誉め言葉です)!

特に面白かったのは、すっごく変な人で盲目になっても形作り続けたエドガー・ドガ(しかし、そっち方面の人でしたか!バレエ関係の絵が多かったしパトロンの話しは知ってましたけど、衝撃!)、生首ドーン!の出現は知ってましたけれど今となってはサロメがファム・ファタルになってしまったのは単なるきっかけであまりの衝撃の結果なのだと知れるギュスターヴ・モロー、オランダの水木しげるって表現が素晴らしすぎるヒエロニムス・ボス、私はこういう破天荒な反逆児的なスタンスにはすぐにやられてしまう兄貴ギュスターヴ・クールベ、ちょっとパウル・クレーに近さを感じる点々の人ジョルジュ・スーラ、その他凄く面白い人物描写で物語で絵を、作者を紹介してくれています。

まさに教養、今多分1番私に足りないのは教養だと思いますし、早くまた美術館に行きたくなりました。企画展も良いけれど、常設展にももっと目を向けてみようと思いました。

しかし、アンリ・ルソー、そういう人だったのか、と思うと、今まであまり好きになれなかったのが納得出来ました・・・でも味があるってそういう事なんですねぇ~

「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」を観ました

2021年9月10日 (金) 09:46

デレク・シアンフランス監督     ファイン・フィルムズ・インク

またまた映画好きの友人さんのオススメです。経緯として、最近の映画の話しをしつつ、名作と言われる「灼熱の魂」(の感想は こちら )のダメな部分が気になり過ぎて名作とは言えないんじゃ、という話しの後に出たのがデレク・シアンフランス監督の「ブルー・バレンタイン」の話しでして、これは私が1番怖い映画です。それまではミヒャエル・ハネケ監督の「ファニー・ゲーム」だったのですが。

なので、デレク・シアンフランス監督作をちょっと避けていました、が、映画好きの方からのオススメなので、見る事にしました。

タイトルからして意味が分からなかったのと、宿命ってこれ邦題だけについている言葉ですけれど、ヤン・ウェンリー准将のお言葉にある『運命というならまだしも宿命というのは実に嫌な言葉だねぇ。二重の意味で人間を侮辱している。一つには状況を分析する思考を停止させ、もう一つには人間の自由意志を価値の低いものとみなしてしまう』という感覚が私にもあるので、見なくていいかな、と思ってました。

サーカスのバイク曲芸乗りであるルーク(ライアン・ゴズリング)はある街での興行でいつもの通り、曲芸に挑むのですが・・・というのが冒頭です。

まず出演者がめちゃくちゃ豪華です。

ライアン・ゴズリング、ブラッドリー・クーパー、レイ・リオッタ、そしてデイン・デハーン!!久しぶりに観ましたよ、相変わらずイイと思いました。もう1名全然知らなかった俳優ですけれどマハーシャラ・アリさんも素晴らしかったです。

かなり展開が早いですし、およそ3部構成のドラマです。

これは恐らく父と子の話しなんじゃないかな、と思いました。どうしても邦題の「宿命」に引っ張られやすい感覚がありましたけれど、この作品に「宿命」ってつけるの安易だな、ちゃんと映画観たのかな、って思います邦題付ける仕事の人にはちゃんと言葉を選んで欲しいです。

気になったので一応辞書を引いてみると『生まれる前から(前世)決まっている人間の運命』となっています・・・まず、前世があるのか、無いのか?証明されていません、有る事も証明出来ないですし、無いと断定する音も出来ません。非常に曖昧な言葉で、この映画の物語に 宿命 と付けるのは非常に安易だと思いますし、何と言いますか、愚かな感じさえします。言葉って不完全ですから、細心の注意を払うべきですし、マナーのような気がします。映画のタイトルってそんなに簡単に改変していいものではないと思うのですが。まぁ私が偏屈だからでしょうけれど。

何を言ってもネタバレに繋がってしまうのですが、「ブルー・バレンタイン」が怖い映画のトップの方に来る人(私は少なくないと思うんですけれど、そう言えば合った事も見かけた事も無いなぁ・・・)、大丈夫です、全然怖い映画じゃありませんでした。

私は人間の意思を尊重したい。誰にでも覚悟と決意を伴った選択であるのであれば、尊重したい。そしてどうしても齟齬が発生するなら、それが暴力を伴う対決に至ったとしても、ある程度理解出来る。ラストの選択を、私は美しいと思うし、良かったです。

生物学的な父よりも、育ての父こそが本当の父である事を再認識させられる。

父になった事がある人、もしくは父になる可能性を行動で示したことがある人にオススメ致します。

アテンション・プリーズ!

ココからネタバレありの感想です、未見の方はご注意を。

これ、確かにまぁいろいろな宿命と簡単には言えない偶然が重なり合った脚本であり、見せたいのは偶然じゃなく、人の意思だと思いますし、父とは何か?という事なんだと思います。

何しろ母と違ってイニシエーション的な(出産という痛みとか苦しみとか)事が無いのが父な訳ですし。 ココで私が思い出すのが、母から生まれない遠い未来のSFである「メディア9」栗本薫著です。

遠い未来では母体から出産ではなく、人工授精で人口胎盤で出産される人間が増える事で、母とか父とかいう概念そのものが希薄な世界を描いているのですが、そんな未来でも、生まれに纏わるコンプレックスなりがあるわけです。まぁ生まれに拘ると言っても、母体から生まれる事(今でいう普通の出産)を忌むべき存在のような逆差別みたいな状況なんですけれど。もちろん家族という単位も失われているのですが、私には良い変化に見えました。

その後の地続きの更なる遠未来を描いたSFの傑作「レダ」は名著で、個人とは何か?自由意思とは何か?自己決定とは何か?コミュニケーションとは何か?という凄く哲学的なSFの名作だと思ってます。

閑話休題

役名が覚えられなかったので俳優名を使いますけれど、 ライアン・ゴズリングの子デイン・デハーン と ブラッドリー・クーパーの子AJ の話しに帰結します。

ライアン・ゴズリングを射殺したのはブラッドリー・クーパーで、デイン・デハーンを育てたのはマハーシャラ・アリです。 基本、ゴズリングは底辺から抜け出したかったし、父になりたかった。しかし、最初手から間違えていて、知らなかった事含めて避妊を行っていなかった事からも理解出来る身から出た錆であり、すべてをチャラにする為に更なる違法行為に手を染めた結果であり、あまり同情的にはなれなかったけれど、ライアン・ゴズリングの身になっていえば、そうとしか出来なかったであろう事も理解出来る。

生まれは誰にも選べない。

サーカスの曲芸師として生きるのであれば家庭を持ち父になる事が難しい選択であった事すら、恐らく考えの範疇に無かったと思うのです。

ブラッドリー・クーパーの、真面目で正義感があり、上を目指す貪欲さも備えている警察官の、だからこその内輪になじめなかった選択は、ある種父を使った策略であり、高名な父を持つ事の難しさを描いていると思います。やはり生まれは選べない。

しかし、ライアン・ゴズリングを射殺してしまった事への自責の念や、あの写真を持ち歩く事の意味を考えると、同情的にならざるを得ないし、この出来事で結果成長(だけでなくキャリアアップまで)しているのはこの男です。

でも、父には成れていなかった、生物学的な父にはなれたとしても。

ココに至り、デイン・デハーンの本当に父はマハーシャラ・アリであり、父に成れた人間もマハーシャラ・アリだけ、というのが光ります。 だから、私はデイン・デハーンが道を踏み外さなかったのだと思う。 AJのクズは、きっとこの後に痛い目を見るであろう事を期待するだけだし、何も学んでいない、虚勢を張るだけの男(それにしてもホームパーティであれだけ知人友人がいる ような演出は如何なものかと思う、どう考えても変)なので、仕方ない。この後のブラッドリー・クーパーの教育にかかっているのでしょうけれど、難しそうですね。

「恋の病 〜潔癖なふたりのビフォーアフター〜」を観ました

2021年9月7日 (火) 09:19

リャオ・ミンイー監督     SPOエンターテイメント

タイトルからはあまり連想できない映画ですし、結末です。かなりビターですし、凄く今の流行りを意識した展開でして、そこに好感を持ちました。

強迫性障害で重度の潔癖症のボーチンは、自分でも自覚している変人です。何度も手を洗わないではいられませんし、1日に1回は必ず部屋全体を異常に掃除してしまいますし、外出は月に1回で、グローブと雨合羽を着ないと晴れていようが外出することが出来ません。そんなボーチンがいつも行くスーパーが休みでたまたま別のスーパーに行くと、同じような恰好の女性を見つけ・・・というのが冒頭です。

コメディタッチ、と言って良い作風ですが、それだけではありません。この映画はかなり練られた脚本で出来上がっていますし、テンポも素晴らしく、なおかつ、色の演出が素晴らしいです。

私はこの女性の雨合羽の色使いを観て、どうしても連想してしまうのが、アードマンスタジオの傑作クレイアニメ「ウォレスとグルミット」のグルミットのレインコートです。

誰にでも訪れる、私だけがあなたを理解している!といういわゆる恋愛初期の妄想のなせる技である勝手な思い込みと、恋愛終盤に訪れる、あんなに理解出来ていたつもりなのに何を言っているのか全く分からない、というまぁ都合の良い考えをちゃんと描いています。

破局カップル映画というジャンルがあると思いますし、私は恋愛関係と言うモノは、ある種の思い込みだと思いますし、必ず終わりが訪れます。ま、例外的にその対象が振り向かない場合は終わらせるのは大変になりますし、逆に終わらせる事が出来ない事もあるかも知れませんけれど、基本的には終わります。その終わりの顛末は、どれ一つとっても同じではないのに、共感を呼べるものだと思います、もっと言うとあるある、という瞬間が大変に多く、しかも、私だったらこうした、こう回避できたはず、という事を考えたくなったり、あれはアイツが悪いだの原因を考えたりしたくなるものだと思います。特にまだ初めての事が多いときには。

そんな破局カップル映画の新たな名作の一つと言えると思いますし、ラストの展開は初めて見た、といってイイと思いますし、ヘヴィーになり過ぎない部分が良かったです。

特にこの映画の主人公たちは重度の強迫性障害であり、これは病です。しかしこの病は、病の人でないと理解しにくい、という大変運命的(に見える)装置が効いていて、これが終盤に、〇〇します。

私は相性悪い監督ですが、デイミアン・チャゼル監督のやり方を踏襲しつつ、もう少し先に行っていて、その点が素晴らしかったです。映画はちゃんと進化している。

台湾映画、侮りがたし!

台湾映画をあまり見た事が無い方に、オススメ致します。

ヘンな話しですけれど、現代の(2021年9月現在の私の感覚ですと)人々が恋愛だの結婚だのにコストをかけにくくなるのは当然で、未知の、しかも非常にコストがかかる事業(あえて、事業)にかける労力は、自分の趣味やゴールが設定しやすいモノにかける方がはるかに安心でコントロールが効くと思うのは当然ですし、よりはっきりと、わがままになったんだと思います。そしてこれは恐らく進化なので、後戻りさせる事が出来ません。今後はもっと1人世帯が増えて、少子化は進むと思います。もしくは家族をアウトソーシングがより進化したと言っていい。だって3世代家族を止め、核家族化した時から、この現象は始まっているし、それを始めた人たちは認識できていなかったかも知れませんけれど、親との同居(もしくは義理の家族との同居)が嫌で核家族化した事と同意だと思ってます。

「サマーフィルムにのって」を観ました

2021年9月3日 (金) 08:55

松本壮史監督       ハピネット

映画好きの友人にご紹介されました。しかもその時は別の映画の話をしていたのに、突然「あなたはビートバン派だ!」と言われ、何のことやら分かりませんが、それでもオススメされたらすぐに行動に移すのが私の数少ない良い所です(悪い所はいっぱいあります)。そんなわけで、吉祥寺アップリンクに行きました。

文化祭まであと数か月、その文化祭で流す映画部の撮影する映画は、ちょっとびっくりするような、恋愛映画なのですが、その映画部の中で1人全く浮かない顔で早退していくのがハダシ(伊藤万理華)です。ハダシは1mmも興味の持てないこの恋愛映画とは違った、自分の映画のシナリオを描いているのですが・・・というのが冒頭です。

大変に眩しい映画でした。私は映画を撮った事も映画の企画に参加した事も、映画に関係する仕事もしたことはありませんが、映画部に居たら間違いなく雑用係だと思います。

主人公は3人の女の子、ハダシ、ビートバン、ブルーハワイというこれが何でつけられたのか?説明はないものの、しかし、何となくわかる、というのが素晴らしいネーミングセンスです。そう、まるで大林亘彦監督作品「HOUSE」(の感想は こちら )のオシャレとかファンタ、とかあの感覚のアップデート版です。イイです、こういうの好きです。

その3人が映画部の恋愛映画に負けない傑作をひと夏で作るぞ!という過程を描く映画なんですけれど、ハダシが好きな映画って時代劇なんです、このギャップはイイです。

凄く掴みはいいです、しかし私は51歳のオジサンであり、青春映画に共感する事が難しく感じられるように衰退してしまった、フレッシュな感性の大部分(もしかすると全部)が死んでしまった私からすると、ちょっと眩しすぎました・・・

基本的にはイイ映画だと思いますし、テンポも音楽も役者さんも全然悪くないですし、特に役者さんと、演出と音楽は素晴らしいです。なんですけれど、ストーリィの決着、そこへの辿り方、に少し違和感がありました。
良かったところは、演者さんの頑張り、この企画を思いついたアイディア力、そして企画にまでまとめあげた情熱、入れられるモノはなんでも入れてやろう!という意気込み、どれも素晴らしかったです。まるで上田慎一郎監督「カメラを止めるな」(の感想は こちら )のような情熱も画面から感じます。そして本作を推している人の雰囲気が似ていると感じました。
映画が好きな人にはきっとそれなりの良い感覚で良い余韻を残してくれる作品ですし、こういう作品を観た若い観客が少しでも良い映画がもたらすカタストロフィに目覚めて欲しいです。

そして、私は細田守監督「時をかける少女」オマージュな作品だと思ってます。もう1つ入れるのであれば、恐らく、大童澄瞳作漫画「映像研に手を出すな」です。

確かにこの3人の中だと、私はビートバン派です!そして、おすすめしてくれた方はブルーハワイ派だそうです、それも納得。流石王道を理解、許容できる人は懐の広さが違いますね。

アテンション・プリーズ!
ここからはあまり心地よくない文章になっていますし、この映画が好きな人は、ここまで読んでいただけたら、この先は読まないでいいと思います。でも、これも一観客である私の個人的な感想なんです。
基本的には良い映画だと思いますし、若い方、あまり映画をご覧になっていない方にとっては、とても良い映画体験になる作品だと言うことも理解しています。誰にでも若い時の特別な1本があると思いますし、それを否定しているわけじゃない。そうじゃなくて、これはスレた、もしかするとひねた、性格のねじ曲がった人の意見、ではなく、ある種の時間の経過が起こった人の反応だと思っていただけるとありがたいです。
まず、時代劇が好きなんじゃなく、これはもっと座頭市、もしくは勝新太郎に絞っちゃってもう良かったのでは、と思います。
もう少し踏み込むと、恋愛映画が嫌いで時代劇好きな女子高生の映画タイトルが「武士の青春」ですと、どうしても、ハダシも結局青春が好きなんじゃないか・・・とガックリきちゃうんですね。そういう意味では、脚本家の人が時代劇が好きな人、への取材とか愛、がはっきり足りないと思いました。
侍の決闘をアングル的に(プロレス弱者ですが、プロレス用語で『見方』)BL的な関係性とか、ハダシと同世代の武士の生き様とかは確かに面白みのあるアングルだと思います。そこに恋愛要素を感じるのは個人的解釈としては良いが、実際に侍の決闘の後はやはり死が待ってるんですよね・・・その辺をもう一段上まで昇華させて欲しかった。
例えば、私なら、かたき討ちではあるが、相手には相手の事情がある事を知った上で決闘するなら、別に真剣での果し合いではなく、木刀を使った試合でも良かったんじゃないか、とも思ったりしました。
そして、ラストの映画を止めての演劇を生で魅せるくだりは、なかなか良いアイディアですし、捨てがたいんだけれど、決着をつけない結末は相当悩んだ結果、撮影したのです。それなのに、ここにあのキラキラ恋愛映画の監督の覚悟を聞いて心変わりするのって、やはりちょっと悲しい。もちろん最初は敵愾心しか無かったのに、相手にもそれなりの情熱がある事分かった上でのことだから、分からなくはないが、自分で出した結末なんだし、そこはなんとか別の、映写機トラブルでラストが見えなくなるので、演劇に入るとか工夫ができたのではないか?と思ってしまいます。
あの完成版をちゃんとした尺で観たかった。
それに、割合最初の場面で、好きって言葉で言わないで伝わるのが映画だろ、って自分のセリフを翻意して監督が演技の中で主役に告白するのは、かなり残念でガックリです・・・過去の自分を否定し、そしてその時の気分で行動が変わる、決してブレないことが最高だとか言ってるんじゃなく、ある種の信念があって恋愛映画を否定していたからこそ、傑作を作る、という動機を否定しているように感じられてしまいかねない脚本状の甘さを残すことになってしまうので、ハダシの言葉を借りて言うと「好きって言わなくても観客に伝えるのが映画」と自らの作品を否定してしまっている感じで残念なんです・・・
でも私も、もちろん観ている時は、頑張れって思ってます。
それと、演劇シーンで刀に見立てたほうきを監督に渡す男の子も、そして敵の監督役の女の子も、みんな物分かりが良過ぎて幼く見え過ぎてしまうのも、ちょっと残念でした。
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