井の頭歯科

「鬼の筆:戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折」を読みました

2025年6月14日 (土) 08:44
春日太一著     文藝春秋
橋本忍脚本作品で観ているもの、観ていないもの、いろいろありますが、何を持って戦後最大とするか?にもいろいろ疑義はあろうかと思いますが、最大級というのは間違いないでしょうし、春日太一さんの解説、鋭く面白いので読もうと思っていました。
が、なかなか手に入らない・・・リアル本屋さんにあまり並んでいません・・・または少数しかリアル本屋さんに回ってこないのかも知れません。ちなみに新宿紀伊国屋で購入出来ました。
橋本忍脚本の映画の最初って、いきなり羅生門なんですよね!驚愕!とてつもないスタートです。その前に伊丹十三監督のお父さんで脚本家の伊丹万作に師事しています。これも驚愕です。全然知らなかったです。
脚本家として職業にするまでも少し時間がありますし、その後も黒沢作品の重要な「生きる」と「七人の侍」を書いていまして、まぁ凄いです。
しかし橋本氏本人は、伊丹万作に師事、黒沢作品に脚本を書いているのに、評価が低い、と感じていたそうです。これも驚愕。ある程度理解はしますけれど、まだ全然駆け出しの頃であっても、非常に強気でプライドが高く、ギャンブル性があり、山師的な感覚を持っている事が分かります。
数字に強くて、そしてどちらかと言えば、興行を優先して考えていた、というのも意外でした。でもだからこそ、脚本家、だけでなく、プロデューサーや監督作品もある人なんですね。
春日さんもかなりの回数、時間、インタビューされた模様で、確かに素晴らしいインタビュー、資料を基にした、脚本家だけではない橋本忍像が分かりました。
そして、春日さんの目を通しての、橋本忍像が理解出来て、何となく、この時代だから受けたのではないか?と感じてしまいました・・・今までの脚本だけで観てきた橋本像から感じていたのとは全然違いました。だからこそなのかも、ここまで売れて、作品を生み出せたのだと思いますけど。
そして春日さんが橋本忍本人から語られ、示された資料の数字、その予想、全部とは言わないまでも、全然根拠が感じられない、それこそ空想の域を出ない数字でもある可能性、そして時流を掴み損ねた、というかそもそもの本人の志向が時流と合っていればヒットしていたかのようにも感じられます。
そもそもの志向が、この時代の大衆に響いていて、だからこそ新しい、本人のやりたい事をまとめて入れた「幻の湖」が、トンデモな作品になってしまったのではないか?と個人的には感じました。体力や年齢ではない、私は数字に強いとかヒットさせてきたという自負が、目を見えなくさせて時代の流れも掴みそこなってしまったんじゃないか?と。そうでないと、ここまでの大作で変作にならないですよ・・・どんなに強がって見せても、これはダメ過ぎます。つまり、徳に「幻の湖」に意匠は無かった、という事になります。
この事を持って、私はたった1作の失敗、ではなく、非常に運のよい、もちろん脚本の仕事で素晴らしい作品はあるモノの、橋本忍本人の資質に興味が無くなってしまいました・・・
作品で言えば、「羅生門」、「生きる」、「七人の侍」、「隠し砦の三悪人」など黒沢作品、残るでしょうし、小林正樹監督作品「切腹」も本当に素晴らしい。しかし、確かに超大作ですけれど「八甲田山」や「日本沈没」は当時の時代的価値、文化を残す側面や素晴らしさはあれど、作品としては、やや劣りますし、流石に「幻の湖」については、これは反論出来ないここまでの作品を作ってしまったとなると、いかに時流を捕まえるのが上手かったか?の方が強く感じられます。
それでも本当に凄い脚本家ではあります。そして確かに腕力、勢いの作家性はあると思います。そしてもちろん、その脚本の腕力が無ければ成立しないかも知れませんが、それを完成させる監督や演者、スタッフが揃ってこそ、腕力が可視化される。
脚本は私は映画を構成する要素の中で最も重要だと考えていますし好みなんですけれど、やはり脚本家としては山田太一さんの方が好みです。
「幻の湖」「羅生門」「七人の侍」「私は貝になりたい」を観ている方にオススメします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ブログカレンダー
2025年7月
« 6月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
アーカイブ
ブログページトップへ
地図
ケータイサイト
井の頭歯科ドクターブログ