井の頭歯科

「BUTTER」を読みました

2025年7月16日 (水) 09:32
柚木麻子著     新潮社文庫
最近の本でとても評判が良かったので。そしてかなりの力作だと感じました。初めて読む作家さんです。
そして実際の事件を参考にした、というよりは、そういう事件があったという、その枠組みを用いて発想した、という方が高い気がします。そして、本当に作家が書きたかったモノが何なのか?を考えているのですが、どうにもまとまらない感覚があります。
正直、あまり興味を覚えない事件である2007年から2009年にかけての『首都圏連続不審死事件』(名称はwiki情報です、木島佳苗が被疑者で裁判は最高裁まで争われましたが、死刑が確定しています。但し、2025年7月現在、未執行)という事件の枠組みを使ったようです。読後に、調べてみると、正直、全然違う事件に見えました。そしてこの木島佳苗なる人物の、手紙を書き起こしてブログで公開していて、BUTTERというこの著作の柚木さんなのか、新潮社なのか不明ですが、獄中に知らせているのですが、木島はかなりはっきりと不快感と、その後に激高していて、ちょっとこの人物をモデルにしているとは思えないです。参考文献にこの木島本人のブログや、接見についても書かれておらず、そして本文中の登場人物たちが繰り返し、気になっているのは、とても、とても、ワイドショー的な反応について、なんです。
ここに何かあるのは分かるんですけれど、そんなに強い感情なのか?という疑問は残ります。
梶井という中高年男性に金を貢がせ、豪華な暮らしをしていた女が、3名の不審死をきっかけに逮捕拘留されて裁判が進んでいます。男性週刊誌の記者の町田里佳は、梶井にインタビューする為に・・・というのが冒頭です。
現代2020年代の働く、そして主婦だったり、形は様々なれど日本で生活する女性の為の物語です。
そこでは非常に息苦しく、差別にさらされ、女性というだけで、男性がしなくて良い事をさせられたり、欲望に対しての迂回を求められたりしているわけですが、そこに非常に特異な存在として、梶井が存在しています。
大変豪華な生活を送り、自身では働かず、男に貢がせ、美食をし、容姿を気にせず、それでいて事件が起こると、それぞれ様々な人達が強い関心を寄せます。
男性にとっても、気になる存在であり、女性にとっても謎な存在。そして、その本人へのインタビューをし、曖昧ではあるものの、社会的成功を手に入れたいと目論んでいる町田里佳。
またその親友で、社会的な仕事をきっぱりと捨て、専業主婦になり、一戸建てで夫と拙い生活を始めたばかりの町田里佳の親友である、かつての映画会社広報を担当していた伶子。
そして3名の男性殺害の被疑者である梶井の3名の女性を主軸に、物語は女性にとっての、生活とは?男性という生き物の不可思議さ、女性の連帯とは何か?恋愛とか、社会的地位についての男女差等々、トピックはいろいろあるものの、テーマとなれば、家族と男女関係と生活と食事、という事になると思います。
多分食事は、新しい要素ではないか?とは思います。
で、梶井という人物がにどういう態度や姿勢を取るのか?で登場人物たちが引き裂かれていくんですね。
私には、梶井が、非常に自己顕示欲の発露と、自意識肥大の視野狭窄な幼児的な人物似見えました。
が、貢がせるという、何というか古い習慣を持ち出してはいるものの、主婦業へのアンチテーゼみたいで、なるほど、とは思いました。恐らく、まだ現実を知らない場合、女性側から、貢がれて当然、とか、対価を払わずに豪奢な暮らしをしたい、と思う人はいるとは思います。
ですが当然男性側も現実を見ずに、家政婦としての妻を欲していたりする人も居ると思います。
そこに、貢がせつつ豪奢な生活を送る、容姿にそこまでの理由を見出せない存在、に対して、不信感や羨望など複雑な感情が生まれているんだと思います。
梶井が言う「女神」理論は、まぁほとんどの人が納得出来ないと思いますし、正直、老齢男性への性的なサービスの一端、という認識も取れなくはないのですが、梶井側から見ればそれが「女神」論であるだけですし、そもそもかなり奇異な関係です。
なので、なんでここまでこの小説が読まれているのかと言えば、そこにサスペンス要素と、食文化が加わってくるからです。
で、食文化の方は、割合、B級グルメ的な、そして女性版の「孤独のグルメ」的な所からスタートし、最終的にはちょっとびっくりするような地点まで到達するのですが、ネタバレの無い範囲であまり言える事は無いです。
シスターフッドを定義を調べてみると
sisterhood
1姉妹。または姉妹のような間柄
2共通の目的を持った女性同士の連帯
という事のようです。なるほど。そういう意味では、確かにシスターフッドモノとも言えます。が、共通の目的、という部分が、やや違和感を覚えます。そして、この物語の結末が、どう解釈するのが良いのか?凄く悩むわけです。
ただ、非常に力作である事は間違いない。そして食文化的にも、面白いです。
食事に対しての細やかな描写は、流石です。繊細で勢いもあり、試してみたくなる事ありますね。
実際の事件は、正直調べても、あまり興味がわかない事件でした。興味が辛うじて沸く部分としては、何故関係を断ち切り、連絡を辞め、その代り金銭を諦める事が出来なかったのか?正直検察の証拠、裁判調書を読んだわけでも判決文全文を読んだわけでもないのですが、割合状況証拠が大きく、そこまでの確実性は感じなかったですが、木島が、実際に、関係を断ち切るのではなく、金銭授受を理由に、殺害(自殺模倣)を思いついても実行するか?の部分が気にはなります。なにしろ次のカモを見つけて行ければ良いはず。でも、その選択は取らずに殺害を決意するその動機は気になります。ですが、凄い小物感しか感じない事件だと思います。容姿は重要でしょうけれど、いろいろな好みを持つタイプがいるわけで、しかも当時の木島の年齢は34歳で、相手は、53歳、80歳、41歳とばらつきはあるものの、自分よりは年上です。そう、若いに価値がある、をしているわけです、好みの問題やそれこそ金銭的な裕福さが無ければ成立しない、非常にレアケースだと思います。
で、ココからはネタバレありの感想になります。
アテンション・プリーズ!出来れば未読の方はご遠慮くださいませ。
さて、登場人物の中で最も、私からするとサイコパスに、異常に見えたのは伶子なんです。育った環境の特異性は認めますし、容姿端麗で美人の処遇でキツい部分もあったと思います。それは理解するけれど、町田里佳の仕事やその関係に執着して行動を起こすのは、もはや恐怖でしかないと思います。
で、梶井にまで接見して、周囲を騙して推理を進め、証拠を手に入れる為に単身乗り込み梶井を否定したい伶子の目的とはいったい何だったのでしょうか?
それは女性同士の連帯というモノではなく、伶子の町田里佳への恋に見えるんですね。もしくは執着。本文中でも町田里佳が男であれば良いのにまで書かれています。
そんな伶子が、単身乗り込んだ男性宅から救出された事で、喋れないほどの、精神的なショック、受けるモノなのでしょうか?
梶井を否定したい、梶井に近づく町田里佳を止めてこちらに振り向かせたい、という願望。それは愛ではなく恋的な執着に見えるんです。そして何故ここまで計画性があり、度胸もあり、執着もある伶子が、なんでこんなに精神的なダメージを負っているのか?がどうしてもよく分からなかった。
さらに、梶井が何かを仕組んで、町田里佳を社会的に抹殺しようとしたのではなく、ただ単に、突発的な行動の結果でしかなく、裁判傍聴をして事件に関心があれば伝わる内容ですし、ただ単に町田里佳を超える執着すべき愛玩が他に見つかっただけなのに、町田里佳もかなり落ち込むのですが、だとすると、記者としての覚悟というか、仕事のレベルが低い気がします。
何となく、町田里佳と伶子の連帯をしたいのだが、何の為の連帯なのか?がはっきり描かれていないから、のような気がします。伶子は夫の基に戻るし、町田里佳は中途半端にまだ梶井周囲の人へのインタビューを考えている・・・なにか釈然としないんです・・・
目的が一緒ならもう少し、ラストの団欒も違った味わいがあったと思います。というかサロン・ド・ミユコへの潜入辺りから、恐らく、この小説の終着点を探して、なんとか血ではない連帯を、新しい家族像を目指していたと思いますが、ゴールとして美しいのだけれど、あまりに早急な気がしました。
3000万円の買い物で、誰かが集まれる部屋数の多い家の購入。美しいけれど、かなり飛躍を感じます。もっと丁寧な関係性の変化が欲しかった。もっと伶子夫婦と町田里佳の関係性、出来た気がします。なんなら子供を含めた、里子を育てる話しを追加しても良かった。情報をくれる篠井さんに父性を感じているところから、恋愛関係にはなって欲しくなかったけれど、篠井さんが娘を家に連れてくるのに、娘が七面鳥を食べたかったから、だとやはりご都合展開な、気はします。1度どこかで出てきていれば、あるいは・・・そしてこの仕事関係や友人関係の連帯の、共有出来る目標みたいな何かがあれば、もっと良かった。
そして、娘と父親の関係性についても、そこまで感じ入るモノなのか?という疑問もありました。すべての男性がマザコンな訳が無いのと同じように、全ての女性が父との絆を感じなくても良いけれど、確かに町田里佳の場合はかなり特殊だけれど、病気というモノはなりたくてなる人は恐らくかなり少ない上に、日ごろの不摂生の影響は大きい。基本的にすべての死は救済でもあると思う。
血ではない新しい家族というか連帯、この発想は素晴らしいし、好きなんですけれど、もっと同じ目的性みたいなものが欲しかった。これだと、NPOのセーフハウスみたいな事で、これは必要だけれど、ちょっと違う、もっと、この10人だからこその、という目的というか目指すべき何かの共有が欲しかった。
ただ、この物語を読んでいる最中は、続きが気になって集中していましたけれど、振り返って考えると、何だったのだろう、という事からこの感想にまとめていますけれど、大変な力作である事は間違いないし、今まで読んだ事が無い作品でした。
謎がどうも解決しないのは、多分私が男だからなんだろうな、とは思うのですが。
女性の傾向として、相手にこう考えて欲しい、というのがある気がします。でも他者の考えを強要する事は出来ないし、望むだけ失望する。それでも考えてしまうのは、共感があるからなのだろうか?
永遠に分からないけれど、それでいい気がします。恐らく誰とも完全な相互理解など出来ないし、それは一瞬の希望であり、過ちなのでしょうから。
町田里佳と伶子の連帯できる目的があればもっと良かった。
エシレバターって美味しいですよね
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