井の頭歯科

「噂の娘」を読みました

2011年12月16日 (金) 13:00

金井 美恵子著     講談社文庫

私の大好きな作家である金井 美恵子さんの作品です、出版された当時はこの世界に入っていけなかったのですが、挑戦してみたい気持ちが高まったので読みました。やはりもの凄く上手い作家、自分の好きなものを散りばめた作品だと思います、稀有な読書体験になりました。

父親が病気で入院したために、母親が付き添いで看病することになった小学生の「私」は、弟と共に美容室に預けられることになります。その美容室は経営者であるマダム、その母であるあばあちゃん、マダムの3人の娘、そして美容師見習いの2人の娘が暮らす大所帯で女の園なのですが、そこで暮らす数日間のドラマです。

筋書きなど比較的どうでも良く、実際に読んでみないと分からない面白さがあり、描写と人物とで魅せるドラマなんですが、言い回しの上手さ、細かなディティールの見事さ、メロドラマともいえそうな現実と虚構を交えた金井ワールドとしか言い表し難い世界が繰り広げられます。言葉を追うことで考えさせられ、思考してしまうことを予め充分理解した上での構成なのだろうと思わせる、緻密な文章の積み重ねと、視点を子供の「私」に置き、しかもその「私」が1950年代ごろを振り返った、という設定なので、どこかしら不明瞭な部分を残しつつも、しかし「記憶」という時の流れを経たことでより鮮明になる部分を絶妙の表現を用いていて良いです。私のように文章が長くなってしまう、という病気にも感染しますし。

とにかく、情景が、心情が非常に浮かび易く、しかもそのブレが読み手が誰であっても少なくなる文章の上手さと、『思考する』というあるいは『読む』という行為と『思い出す』という行為に共通する木漏れ日のような揺れ動き不鮮明な感じ、焦点を合わせる意識がないと不明瞭な、思い出すという行為が同居している文章と構成にやられます。この構成からして本当に上手いです、小さな頃の「私」を通して過去を思い出させている、という設定が素晴らしい効果をあげていると思います。しかも、語られる世界が1950年代であり、女だけの世界であることでの余計に閉じた世界が、もっとファンタジックになる可能性が高いにも関わらず、細かな描写の丁寧な積み重ねと、作者の小説内世界への『愛』を感じさせるのでファンタジックではなく、『小説というリアル』を感じます。この辺りについては今読んでいるジェーン・オースティンの「高慢と偏見」との読み比べという意味でも面白いです。

狭い世界の僅か数日の出来事を振り返るだけなのですが、それだけのことの中にこんなにも刺激的で、豊かな世界があることに驚かされます。

話題も、映画、音楽、芸能、洋服、美容、生活、文化、そして噂という女子の為の女子の作品なんでしょうけれど、男の私からすれば、だからなんなのか?という世界でもありますけれど、しかし、その世界の緻密さ、その時々の感情の細かな揺らめきのようなものを繊細に、そして時にここまでも!というくらい深く心の中の曲がりくねった底まで見透すような描写は、少し怖く感じさせる部分もあります。思うに、女性のその場に共感するチカラ、いわゆる「噂」という不確定なモノに対しての想像のヒロガリの大きさと同居するディティールの細かさまでも、文章で再現(どうしても表現という言葉よりも、臨場感持った再現という形容がより近いように個人的には感じられました)されていて、そこも驚愕します。

ただ、個人的好みから言いますと、著者である金井さんも文庫版での『著者インタビュー』で応えられている通り、女性読者を想定して書かれており、事細かなここまでのものよりも、目白4部作(「文章教室」、「タマや」、「小春日和」、「道化師の恋」)やその続編である「彼女(たち)について私が知っている二、三の事柄」のような女性だけでない軽さを好みます。

文系女子の方にオススメ致します。

“「噂の娘」を読みました” への1件のコメント

  1. […] 金井さんの本のエッセイの感想はこちらとこちら、小説の感想はこちらでも書かせていただいていますが、とにかく「言葉」の選び方、扱い方がとびきり上手くて、同じ日本語を使っているのですが、全然精度が違うと実感します。 […]

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