井の頭歯科

「ミッチェル家とマシンの反乱」を観ました

2021年6月8日 (火) 09:13

マイク・リアンダ監督     Netflix

名作「くもりときどきミートボール」のフィル・ロードとクリストファー・ミラーが製作に関わっている、と知ったので見る事にしました。頭からっぽにして楽しめる娯楽作品です。もちろんそれでも、2021年作品としてアップデートされている箇所をいくつも感じました。

大変頭空っぽな感じで楽しめる映画になってて、良かったです。特にWi-Fiが繋がらなくなるシーンが最高ですし、主人公で長女のケイティの、映画に対する情熱とリテラシーが、この映画の面白さを1段階上に持ち上げていると思います。

私は変わり者でもありませんし、非常にノーマルで、まぁあまり人に好かれないタイプの人間ではありますけれど、ケイティの気持ちが理解できるような気がします。しかし行動力のある人。

あと、頭空っぽで観れるとは言え、この時代でも、やっぱり家族の話しにするのが、個人的にはもう古さを禁じ得ないです。

家族のペットである犬のモンチが可愛かったし(猫だったらもっといいのに!)、母のリンダの変貌が凄いし、弟アーロンも恥ずかしがりな部分が特に良かったです。そして父リックと長女で主人公のケイティの確執が主軸なんですけれど、ココが少し個人的には気になった部分です。当然ですけれど親子関係とは難しいモノでありますし、100人いれば100人の関係性があると思いますが、割合分かりやすい確執で会った事が、少しひねりが欲しかったと思いました。

音楽も映画の1シーンを結構パロディにしていて、素晴らしかったです。

様々にアップグレードされているのに、やっぱり『家族』の話しにしたがるのが、アメリカ!って感じがします。それくらい、家族、に神聖さを与えないといけないんだと思うんです。同時に、それはある種の個人が確立しているからこそ、家族の話しを大上段で語れる。日本は凄く、家族というか、家制度、戸籍制度の国なので、個人が尊重されにくい。帰属意識が高いとも言えますが、表裏一体に個性が尊重されにくい世界。個人的には息苦しいですけれど、仕方ないんでしょうね、他者は私の為に存在している訳じゃありませんから。でも私も他者の為に存在している訳では無いので、軋轢が生まれる。その軋轢を譲り合う感覚を持っている人とは仲良く出来るけれど、非常に固まった理想が強い人ほど、融通性はなくなるので軋轢が大きくなりますね。そういう意味で自称保守の人とは相性が悪いのかも。自称の保守主義の方は、自分の保守すべき『何か』が固まっているので、そこに疑問を呈されるとだいたい怒ります。何を「保守」しているのかよりも保守という大きな(それが日本と言う国籍でも、会社でも、構わないけれど)拠り所に自分を同化させて話をする人とは相性が悪いです。仕方ないんでしょうね。

頭空っぽにして楽しめる作品に興味のある方に、オススメします。

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