井の頭歯科

「身の上話」を読みました

2010年8月21日 (土) 08:52

佐藤 正午著     光文社

患者さんにオススメしていただいた本です。佐藤 正午さん、初めて読みました、なかなかの読ませますし、物語に引き込むチカラがあります。リーダビリティ高く、そのうえ様々なフックがあって続きが気になる仕掛けになっています。

ある人物のモノローグで綴られる、ミチルという1人の女の、巻き込み、巻き込まれる人生を打ち明ける話しです。ある地方都市に住んでいたミチルが、ちょっとしたキッカケから東京に出て、流されるままに行動し、追い詰められていく話しです。本当に些細なキッカケですし、衝動的過ぎる話しの発端ではありますが、絶対にない、とは断言できない今の若者の(って感じがするようになってくることで中年に足を踏み入れた私を強く実感!)感覚を上手く掴んでいるとも言えますし、少々強引だとも思います。その些細なキッカケに、ある幸運に恵まれたことが重なったことから端を発する、周囲の人々との間に溝や、ある一冊の本、そして知る由も無かった人物の知らなかった面、とにかく続きが気になります。

語り手のトーンが一定していることで、物語を引いて見られる分、勢いは削がれるかと思うのですが、そこをたくさんのフックを使って引き込みます。強引な部分ももちろんありますし、後で考えるとちょっと・・・という部分も多々あるにしろ、最後まで一気に読ませるチカラは素晴らしいと思います。

女性の中には共感出来る方と、まったくできない方に分かれると思いますが、それは感情移入出来るか出来ないか、なだけであって、ストーリィとしてフック(映画用語でいったらマクガフィンといわれるものですね)がたくさんあって読みやすく、面白いです。もちろん最初から淡々としているように見えますし、初期のいくつかの伏線はすぐに分かりますし、中には回収出来ていない伏線もある(と私は思いました)のですが、そういった予想を考えさせる暇を与えない読みやすさと、早い展開、なかなか楽しめました。

ある幸運には、それなりの不幸がくっついている、とも言える物語を軸に展開します、ぐいぐい物語の中に入り込みたい方にオススメ致します。

最後にちょっとだけ、ネタバレ含みの不満点あります!ちなみに、この本はネタバレあると面白さが半減どころか、急激に少なくなりますので、未読で読むかもしれない、という方は詠まれるのをご遠慮くださいませ。

個人的な好みの問題かもしれませんが、高倉さんと一緒のバスと飛行機で上京したことの偶然性が分かりません。わざわざ描写する必要性(もしくは偶然であったとしても意味の無いなりの描写でもよかったのではないか?)が感じられませんでしたし、彼女の性格も、描ききれなかったのではないか?と思います。リーダビリティをあげる為の犠牲にされてしまっていたのではないか?と考えると残念です。もっといろいろな感情や葛藤があると、より、竹井のアレが増しますし。

また最後の語り手のある行為を竹井が察知するのは都合良過ぎますよね?そこまでは分からないのではないか?と思いますし、この強引さではとにかく読み手をびっくりさせたかった(という作者の作為)が透けすぎると思います。よく知っている身近な知り合いの裏の面を知ってゆくことの恐怖、に限定しても面白かったのではないか?と。ミチルの流されやすさを逆手に取った思い切った作りではありますが。

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