井の頭歯科

「掏摸」を読みました

2013年6月4日 (火) 09:07

中村 文則著       河出書房新社

久しぶりに連絡を取れた友人がオススメしてくれたので読みました。初めて読む作家さんでしたが、非常に面白かったです、一気に読めました。その友人は日本文学に詳しい方だったので信頼して読んだのですが、思ったとおりの完成度の高さで素晴らしかったです。

スリとして天才的な腕を持つ私には昔相棒であった石川という男がいました。が、今は一匹狼です。都会の喧騒を餌場としてひっそりと生活しています。そんな私が会いたくなかった、過去の一件で一緒に仕事をした立花という男と出会ってしまい・・・というのが冒頭です。

「私」の一人称で語られる、ピカレスクロマンに見えなくも無いストーリィなんですが、これがざらっとした読後感を残す非常に上手いつくりになっていまして、唸らされました。ただのピカレスクではない、それでいて読みやすさを損なわずに、しかもそれだけでない感じが良かったです。無垢なる少年との繋がり、という割合よくある関係性の見せ方は注意深く扱っていて説得力があり、良かったです。そして過去を含む想像の余地を残したい部分にはあえて空白を感じさせる、という部分とのコントラストが効いていると感じました。

特に一人称の扱い方の上手さはちょっとびっくりです。私と俺と僕では印象がかなり違ってくるのを、とても上手く扱っていて、私、という人称の客観性と、僕、という人称では、客観性の距離感が違ってくると思うのですが、その違いを非常に上手く演じ分けていると感じました。誰しもが経験あると思いますけれど、相手や気分によって違う心情を上手く察せられます。

モチーフと言いますか主題は、正直何処かで見たような手垢のついた、よくある話し、なんでしょうけれど、それがこんなに新鮮に見えるのは、まさに文章の上手さと、見せ方の上手さ、そして同時代性とも言えるリアルさにあると思います。

地名は数箇所出てくるものの、かなり巧妙に隠されているというか薄められていて、海外の翻訳、とも思わせるかのような印象を持たせてくるのも、面白いと感じました。なんと言いますか、いわゆる村上春樹が最初に出てきた時の、一度本文を英語で書いて、それを訳して日本語にしたかのような消毒されたかのような文体がこの小説に合っていると思います。

ただ、この本の長さについては、構成については、少々気になる部分も無くは無いです。あくまで私見ですけれど、淡々と描いてきた割には、ある重要人物との邂逅から後が短く感じました。もっと時間かけても良いと思いますし、それまでの経過、過去の見せ方からしても分量として脆弱に感じてしまいます。丁寧に過去や心情、関係性や葛藤を描いてきているのに(無論そう見せたかったのでしょうけれど、落差を作っているんでしょうけれど)、重要人物との後は完全に寄り道なしの(唯一「塔」にだけ割かれるからこそ、鮮明にしたかったのでしょうが)一本調子な印象になってしまい、もったいないと感じました。

とても映画化しそうな題材。そしてこれ海外でもヒットしそうな作品だと思います。映画化するなら是非「ドライブ」のニコラス・ウィンディング・レフン監督に作品にして貰いたいです、きっとスタイリッシュに仕上がって楽しめそうです。

新しいハードボイルドやピカレスクに興味のある方にオススメ致します。

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