井の頭歯科

「ヘンな論文」を読みました

2015年5月1日 (金) 09:37

サンキュー・タツオ著   角川学芸出版

国語辞典マニア、ラジオ東京ポッド許可局のメンバーとして知られるサンキュー・タツオ氏ですが、論文マニアとは知りませんでした。で、この本を手に取った次第ですが、非常に馬鹿馬鹿しくも、愛に溢れ、そのうえ尊敬さえさせられる凄い本でした。一見何を書いているのか?目的も不明で、とても怪しく見えるにも拘らず、丁寧に読み解いていくと、その先には想像しなかった地平が存在していることを知る事が出来る、まさにサンキュー・タツオさんの得意の「メンドクサイ」が有効に機能した紹介本だと思います。

ネタバレは極力避けるのですが、私が中でも気になったのは、世間という形の無いモノを改めて感じさせる「奇人論序説ーあのころは『河原町のジュリー』がいたー」、公園の斜面に座るカップルに関する論文『傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離』、一連の出来事がそのまま教育のある形を示した『コーヒーカップとスプーンの摂食音の音程変化』、ある意味最もバカバカしいと思ってしまった『オリックス・バファローズのスタジアム観戦者の特性に関する研究』、そして珠玉の『湯たんぽの形態成立とその変化に関する考察Ⅰ』です。

私は理系なので、文系論文を読んだことがほとんど無いんですが、本書のタイトル通り、とにかく変な論文がたくさん紹介されています、が、その導入は面白おかしい興味だとしても、そこで終わらせないのがこのサンキュー・タツオ氏の面白い(面白さって時には長い時間や理解を経て差し出されるものであって、水道の蛇口をひねって簡単に出せるものでは無い、というような比喩を村上春樹が使ってたような・・・)所だと思います。この方のラジオ番組のキャッチコピーである「メンドクサイをエンターテイメントに」を地で行く本だと思います。

正直、論文のタイトルを読むだけで、少々シニカルな笑みが溢れてしまいそうですし、いわゆるキャッチーで野次馬的な興味を引くのは間違いないと思いますが、それだけでなく、読ませる紹介に心砕く感じがタツオさんの良いところだと思います。こういう論文を書くに至った流れを想像するだけでも十分に面白くなれますし、そこは分かる場合と分からない場合がありますが、しかし分からないからと言っても想像する自由があるとも言えます。無論、論文ですから非常にアカデミックなものであるのですが、その題材がアカデミックと結びつかない部分に面白さを感じます。当然中身もなんでこんな事(物、事象、事柄、人、などなど)を真面目に研究しているんだろう?というギャップのおかしみがあります。

しかし、良く読むと、その論文は決しておかしなことを真面目に論文にして人を笑わせる事を主題に置いているわけでは当然なく、純粋に好奇心や研究熱心さから、その事象に捉われてしまい「論文」という形にまでなってしまったのだという当たり前の部分を丁寧に説明してくれるのも良かったです。何故ここまで、という疑問に一定の解を与えてくれるのです。

本書の中ではタツオさんが論文を紹介する、という体を取っていますが、その紹介の仕方のスマートさに、メンドクサイをエンターテイメントにする技術があるとも思いました。正直、タツオさんがまずとんでもなくこの論文、そしてその論文の著者を愛しているのだと思います。ときにマニアやファンだからこそ讒言をしてしまうと思いますが(マニアやファンだからこそ、誰からも否定されたくないのは分かりますが)、そうではなく「愛ある言葉」があるのが印象的でした。

またある意味タツオさんの論文とも言えるコラムの4つ目「タイトルの味わい 研究者の矜持」は一読に値するコラムで、常々思う「視聴者(受け手)に対して分かり易い言葉で」的な安易さとは一線を画すある意味の檄文だと感じますし、同意してしまいます。『神は細部に宿る』的な話しですが、本当に深く同意してしまいました。テレビや公共の場で良く目にするマナーやルールを、弱者や守るべきものの基準にするのは理解出来ますが、そうでない場の重要性を感じます。『甘やかされない場所』という大人のスペースが何処に行っても無い、という状況に違和感を感じるのです、守るべき人を守る事と、全員を子ども扱いしかしないのは違う事なはずなのですが。ゾーニングをもう少し上手く出来ないものか?という思いと、このタツオさんの指摘はとても近いと思うのです、高橋ヨシキさんの話しです。

特に最後に扱われている「湯たんぽ」の論文、本当に凄いです。もしかするとこれこそが学問なのかもしれません。何で?という疑問と好奇心から探究が始まり、推理、考察、検証を重ね、ある狭い一分野ではあるにしろその深度はすさまじいモノがあります。この深度を深められる人こそ学者なのだと思います。だって、湯たんぽで室町時代まで検証したり、自国の資料だけでは検証が難しいと理解すると、エドワード・モースとシーボルトのコレクションを検証なんて、どれだけ意欲があるのかちょっと恐ろしくなります。レンブラントまでいっちゃうのも、本当に凄い!!!こういう先生が在野にいる事こそが素晴らしいと思います。そもそも伊藤先生は別の専門の先生なのに、です。そしてそういう人を紹介できる人として、タツオさんは素晴らしいです。

「同一の機能で、多彩なバリエーションがあるところ」
含蓄がありすぎるお言葉です、誰でも言える言葉であるのに、伊藤先生から発せられるとまるで重みが違う言葉になります。

野次馬的な面白さを求める人にも、知とは何かが気になる人にも、オススメ致します。大人の面白いは一味違う!

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