井の頭歯科

「燃ゆる女の肖像」を観ました

2020年12月23日 (水) 09:24

セリーヌ・シアマ監督     ギャガ

かなり期待して劇場に足を運びました。2020年内最後の映画館鑑賞になるかも知れませんし。

18世紀のフランス。絵画を教えているマリアンヌ(ノエミ・メルラン)が自らモデルとなり生徒にデッサンをさせていると、自分の絵が生徒によって目につく場所に置いてある事に気が付きます。横長の絵画で、全体的に暗く夜と思われる帳の中に佇む女性の深く青い色のロングスカートの裾から火が出ていて、近くにある焚火から燃え移ったと思われる絵です。生徒に題名を聞かれるとマリアンヌは「燃ゆる女の肖像」だとつぶやきます・・・というのが冒頭です。

今年最後のアタリの映画でした。大変素晴らしい映画で、素晴らしく濃密な時間を体感できます。そして繊細で緻密、役者の演技の質が上品であり、なおかつ演出が細やかで繊細。ちょっとこのレベルは驚きです。

映画的な、モデルと画家の、見ている側とみられている側という2つの関係性が、幾重にも重なる演出になっていて、非常に練られた脚本だと思います。

また、絵画史に詳しいわけではありませんが、恐らく、そういった事実(ネタバレに繋がりかねないので伏せます)があるのであろう事が理解出来るという知らなかった事を知るトリビアルな楽しみもあり、その上共犯関係の危うさというサスペンスまでありますし、もちろんこれはあまり好みではないですが恋愛感情を扱った名作、という事になると思います。

また、エピローグで紡がれる物語の言葉に、非常に撃たれました。この文章は個人的には名文と感じました。

数少ない音楽がかかる場面の、異空間に迷い込んだかの、映像と音楽が相乗効果を生む映像体験は、これは映画館でないと味わえないと思います。映像と音楽をまさに浴びる体験。

それ以外では自然音の、波音の雄大さを含んだ圧倒的な力を誇示するかのような荒れ具合、吐息と吐息の間に生まれるエアポケットの中のようなしかし確実に無音ではない瞬間、見事なダイナミクスを感じます。特に私は靴音、それも硬質な靴音が大好きなんですけれど、凄く好みの感じの音がたくさん聞けて、嬉しかったです。

これは女性監督なんだろうとは思いましたが、今年は「はちどり」のキム・ポラ監督と言い、「ハーフ・オブ・イット」のアリス・ウー監督と言い、質の高さはちょっと異常です。

必見の映画体験です、映画館で是非!

映画が好きな方に、オススメ致します。

アテンション・プリーズ!

ここからネタバレありの感想です、未見の方はご注意下さい。

マリアンヌ役のノエミ・メルランさんは初見ですけれど、非常に眼差しの強さがあり、この時代の女性の中でも、絵画を描ける、という持てる者であり、職業を持ち、自活できる可能性があります。と言っても、父の保護下であり、作品の発表には父の名前でなければなりません、非常に屈辱的とさえ言える状況下ではありますが、当時としては普通ですし、はるかに恵まれています、

エロイーズと比べて。だから眼差しの強さ、観察する側に立てる人間でもあります。

対して貴族の娘であるエロイーズを演じるアデル・エネルさん、この方も初見だと、鑑賞時には思っていました。しかし、経歴の中に「午後8時の訪問者」(の感想は こちら )が入っていて、え!となりました。全然同じ人に見えないんです。顔つきさえ違って見えるくらいに、役になりきっていたのではないか?と思います。凄く雁字搦めの生活を強いられている人間であり、姉は結婚から逃げる為に自殺した事がほのめかされています。修道院で生活していて、まさに、姉の身代わりとして連れてこられ、結婚相手を吟味する権利も無ければ拒絶する事も叶わない身分であり、それが生活のすべてなのです。まさに持たざる者であり、観察される側なんです。

まさに生活の糧を得ている者と、貴族であっても自由の無い持たざる者がお互いを見つめ合わなければならないモデルと画家と言う関係性に置き換えるのが本当に映画的で絵画的。

しかも、この2名の相対関係を俯瞰させる2名が、エロイーズの母親である婦人、そして館に勤める給仕のソフィです。 婦人は自由の無い、持たざる者を引き受けた結果の形であるとも言えます。将来の、望まぬ結婚を受け入れて生活する事を引き受けた自分の姿。対してソフィの自由があるようでいて、実はさらに厳しく、生命の維持すらも自由ではない、堕胎する犠牲を払う事を、自ら進んで行わなければならない、さらに厳しい環境に置かれた人間です。 そして、当たり前ですが、この4名は全員性別が女性であるのです。

音楽の使われ方、本当に異空間に飲み込まれたかのような感覚に陥りましたし、呪術的でもあり、不可思議な初めて聞く音楽でしたし、既知の曲であるヴィヴァルディの夏、非常に狂おしく感じました。 何処で恋愛感情が芽生えたのか?私には全然わからなかった。

しかし、エピローグにあたる中で、最初の邂逅(出会いだったかも)と最後の邂逅という言葉には非常にリリシズムを感じましたし、音楽を通して未だマリアンヌを求め、焦がれて居るのが分かるラストの切り方も素晴らしかった。本当に濃密な映画。 鑑賞後に、非常に考えさせられたのは、記述が残っていないだけで、このような、マリアンヌとエロイーズのような恋愛関係と言っても良いのですが、私には互助の基にある(男女の差によって、もっと大きな意味で持たざる者同士である)上での恋愛関係があったんじゃないか?と思索しました。想像の世界ですけれど。男同士の関係性については、古くは古代ギリシャから記述が残されていますが、女性同士も無かったわけではないのでは?と思わずにはいられなかったです、同じ持たざる者同士の連携、互助の関係を進めた恋愛関係、とてもありそうな気がします。

One Response to “「燃ゆる女の肖像」を観ました”

  1. [...] 第4位   『燃ゆる女の肖像』(の詳しい感想は こちら )です。 [...]

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カテゴリー: 映画 感想 | 1 Comment »
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