井の頭歯科

「アシュラ The City of Madness」を見ました

2021年5月25日 (火) 09:46

キム・ソンス監督     サナイピクチャーズ

韓国映画の先進っぷりは、ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」(の感想は こちら )でいやがおうにも知る由となった訳ですけれど、その他にもナ・ホンジン監督「チェイサー」(の感想は こちら )のようなノワール作品も素晴らしいのは知ってましたが、更に進化していると思ったのが、この「アシュラ」です、映画に詳しい友人に教えていただきましたが、これは凄かった。韓国映画のノワール作品の中でもかなり極まっている作品と言えると思います。

韓国の新興都市アンナムの市長パク・ソンベ(ファン・ジョンミン)の裁判の重要証言者を監禁し、法廷に立たせないためのかなり汚い取引が行われている場面から話が始まります。市長パクの下で働く、刑事でありながらも汚れ仕事を受けも持ってきたハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、弟分の同じく刑事ムン・ソンモ(チュ・ジフン)と現場に居た男と、ドギュン刑事たちの上司と揉め事になってしまい・・・と言うのが冒頭です。

見終わった後に最初にもい出したのはサム・メンデス監督「アメリカン・ビューテー」の冒頭です。そういう作品ですけれど、本当に脚本、演出、画像、アクション、すべてがクオリティ高いです。

いわゆるハードボイルド作品の中でも、かなりのハード目な作品だと思いますし、かなりきわどい話しですし、希望も、正義も、倫理も無い話しではありますが、そういった、理不尽に対する個人の姿勢を表した傑作だと思います。

上司と部下、兄弟分の関係、悪に手を染めつつ染める事でしか得られない収入の使い道、悪を暴くために手段として悪に染まる男、暴力、保身、そういった普段は目にしたくない様々な事柄を扱っていて、妙なリアリティがありつつ、映画的な演出、表現に突き詰めた重みを感じさせてくれます。

どのキャラクターも素晴らしく、非常に整合性の整った練られた脚本、素晴らしい作品だと思います。さらにそれだけでない、ここに時々スパイスとしてブラックなジョークが散りばめられているのも、アクセントになっていて素晴らしい。しかもそれを演じる役者の顔が、演技がイイのです。

主人公ドギョンを演じたチョン・ウソンさんの2枚目、ちょっと暗さもありつつ、善人の部分が完全には消え去っていないからこその主人公足り得る部分に、主人公としての意味があると思います。日本の俳優さんで言ったら、西島さんっぽさです。個人的には、シン・ゴジラの矢口蘭堂に演じて貰いたいくらい素晴らしいキャラクターを説得力もって演じてくれています。何故この男が主人公足り得たか、というのは、非常に底辺で生きていて、しかも悪に手を染めつつも、僅かに残る理性や矜持を感じられるからだと思います。そこが、凄く良かったです。

相対するパク・ソンベを演じたファン・ジョンミンさんの、悪が持ちうる様々な場面での変わり身の早さに、この男はただ権力の座に居座り続けたい、という1点のみで、すべての不正、悪を簡単に行える部分に、カメレオン的な悪趣味さが上乗せされますし、しかも簡単に配下を切ったり、その事でよりプレッシャーをかけたりするのが凄く政治家っぽく見えます。

主人公の弟分の相棒ムン・ソンモを演じたチュ・ジフンさんの、転身、弟分からの脱却を、演技だけでなく服装からも演出しているのは流石です。韓国映画(私が観ている数少ない中では)に足りないスーツの上品さです。テクスチャーとも言えると思いますが、それがこの映画の中の、この人には、結構上質なスーツを着せていると思います。時々覗く少年っぽさもあってギャップがあり、イイです。バディモノとも言える2人の関係が移ろっていくのも、非常に良いです。しかも2枚目も出来る、この映画の中で唯一立ち位置がどんどん変わっていく人、成長する人です。

さらにここに非常に重要な人物が加わるのですが、この人の顔が、細川俊之さんにそっくりなんです。この人が市長パク・ソンベに対抗する検察として登場するのですが、非常に説得力があるんです。多面的な悪の中の芯をパク・ソンベが担っているとすると、対抗する検察官キム・チャインはもっと隠されていて何をするか分からないが、しかし、思い通りにならない状況になると表出してくる隠れた悪を担っていると思います。

ノワールとしても素晴らしいですし、私はアクションについては詳しくないのですが、雨の高速道路のカーチェイスシーンは、いったいどうやって撮影しているのか?全然分からないくらい想像を絶するシーンでした。迫力も凄いのですが、もちろんCGなんだろうけれど、全然分からなかったです。圧巻です。

韓国映画が好きな人はもう知っているでしょうけれど、これは名作「殺人の追憶」に勝るとも劣らない名作です、名作は観ておきたい、と言う人にオススメ致します。

アテンション・プリーズ!

久しぶりにネタバレありの感想を書いてみたくなりました。それくらい濃密な映画体験でしたし、本当に素晴らしい作品!

すっごくハードボイルドと哀愁って合いますよね。主人公ドギョンの哀愁って、非常に弱者の哀愁なんです、何処にも逃げられないし、抜け出せないし、止める事も出来ない。それって社会に出た人間なら誰しも共有出来る無力感だと思うんです。そもそも妻の病気に金が要る事から、刑事という仕事がありながらも、悪徳市長パク・ソンベの汚れ仕事に加担する時点で、詰んでるわけです。それなのに、出だしの屋上での上司の事故死に直接加担しているので、弟分の刑事にも弱みを見せてしまう事になり、さらに、検察からも弱みを握られ、証拠音声を掴まないといけない状況に追い込まれます。そりゃ、市町にも検察にも強がってはいますが、結局しっぽをどちらにも振らざるを得ない、非常に弱い存在なんです・・・ここに哀しみを覚えない受け手は少ないと思います。

そして、何といってもパク・ソンベを演じたファン・ジョンミンさんの懐の深さと言いますか、悪の多面性、というか権力を手にし続ける為には片手を失う事さえ厭わない、その肝の太さ、というかこれはある種人間味を捨て去らないと存在できないような感覚があり、それを体現出来ているのが恐ろしいです。検察官が言う『信じてはいけない目だ』には説得力があったと思います、役者さんってスゴイですね・・・

クライマックスは、やはり検察官である『正義を執行する為に悪に染まる事も厭わない』という人間の、その根本をまさに 折る 砕く シーンだと思います。ここに至って、ついに絶対的な悪が、手段としての悪を飲み込むのだと思います。人間という非常にあやふやで聖俗併せ持った存在だからこそ到達できるように感じました。誰にでも、という訳では無いかも知れませんが、誰にでもなれる可能性があるように感じます。

あと、また斧を使った非常に残虐な人が出てきて、なんか恐ろしいです。こういう部族のような存在がまだいるのか、それとも想像上のモノなのか?不明ですけれど、ナイフよりも怖い感覚あります・・・

まぁ、斎場でこんな騒ぎが起こったら、そりゃもう少し警察や消防が駆けつけるような気がしますけれど。

ドギョンの一世一代の、頭を使った直接交渉に持ち込む作戦には、非常にアガりました、凄く良かった。

カテゴリー: 映画 感想 | 1 Comment »
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