井の頭歯科

久しぶりの海外モノ

2011年12月27日 (火) 09:35

「犯罪」を読みました

フェルディナント・フォン・シーラッハ著 酒寄 進一訳     東京創元社

最近海外翻訳モノを読んでないな、と思っていたところ、気になったものを見つけたので見ました。もの凄く面白かったです。

ドイツを舞台にした連作短編なのですが、著者は現実の弁護士です。で、さすがの設定の細かさと、短編ならではの切り方が上手く、まるで供述調書を読んでいるかのような感じです。供述調書のようなドライな文体であるのに、いや、ドライだからこその「事実」だけを積み重ねるかのような文体だからこその、犯罪者にとっての「事実」と読者である読み手の「真実」との距離を確かめられます。犯罪に手を染めるまでを丁寧に、しかし簡潔に積み重ねているので、返って登場人物の心情を想像しやすく、汲み取り易くなっています。しかも直接は言及していないので、上手いです。

中でも気に入ったのが、善良な医師であるフェーナー氏の限界を超えるまでの自分に対する自制と超えた後の心の静寂を描く「フェーナー氏」、美しい兄弟を襲った悲劇と家族の葛藤と終息を色合い鮮やかに描いた「チェロ」、犯罪一家の末っ子の隠された才能を法廷劇で見せる「ハリネズミ」、ある不幸な瞬間から迷走する最底辺の恋人たちが味わった「幸運」、恐らく何らかの現実から着想を得ているのでしょうがだからこそ恐ろしい沈黙を描いた「正当防衛」、現代の(と言いつつもきっと太古の昔から存在していたでしょうけれど)病とも言うべき弱い存在へと向かう狂気の顛末「緑」、ひとつのことに執着することの怖さ「棘」、病を放置することの恐ろしさと有史以来ずっと続いていることを考えさせられる「愛情」、そして映画になりそうな物語性の高い「エチオピアの男」です。

どの短編も非常に完成度高く中でも割合短編の作りが標準的な「サマータイム」も印象的ではありますが、この方の短編としてはオーソドックスすぎると感じました。それでも充分楽しめるレベルですので、クオリティ高いと思います。

単純な動機や単純な作りにはなっていませんし、某かの背景があるからこそ、そしてその背景が(誰にでもと言うわけではないにしろ)日常的だからこその恐ろしさ、犯罪を犯してしまった側の心情がリアルです。ドライに書かれる事でのコントラストの大きさが良かったです。この人の新作はまた購入すると思いました。

短編もので、犯罪ものが好きな方に、リアリティある作品が好きな方に、オススメ致します。

“久しぶりの海外モノ” への1件のコメント

  1. […] されるのがドイツの作家フォルディナンド・フォン・シーラッハの「犯罪」です(の感想はこちら)。でもシーラッハさんよりも、もっとプリミティブな感情をサスペンスフルに扱ってい […]

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