https://www.youtube.com/watch?v=ntTx9AzdkHY
田中絹代監督 新東宝 DVD
2025年公開映画/2025年に観た映画 目標52/120 37/99
友人の方から、是非観た方が良いですよ、とオススメされてはいたものの、サブスクリプションにはどこにもなく、お願いして、DVDお借りしました。いつもありがとうございます。
先の大戦後の日本。復員兵でエリートでもあり、英語とフランス語の読み書きができる真弓礼吉(森雅之)は弟である洋(道三重三)の家で翻訳の仕事をするだけの毎日ですが、駅で誰かを探している姿を弟に目撃され・・・というのが冒頭です。
田中絹代さんは俳優として、数本観ていますが、特に「雨月物語」は印象深いです。ですが、監督業までされているので、是非観たかった。
さらに、監督になるにあたり、成瀬己喜男に師事していて、しかも今作の脚本は木下恵介。かなり万全の構えですし、いやが応にも期待値が上がってしまいましたが、かなり良かった!
まず、原作もあるんですけれど、そして恐らく、ラストは変更されていると思うのですが、このラストの切り方、とてもイイです。何気に「乱れる」を思い起こさせますが、BGMで、ある程度結末は予想出来るようになっています。もちろん解釈は開かれていますけれど。
つまりオープンエンドな作品って、観客を信頼していると思うのです。伏線なり、情報なりを整理し、想像する事が出来るようにしておけば、全てを明かさずとも、観客には十分に伝わると思います。この作品もまさに、で、こうであって欲しい、明確な結末が知りたい、と思っていたとしても、映画が終われば終わりなのではなく、それぞれの想像の中で、映画の登場人物たちは動き生活し、その後もいると思うのです。童話などの、幸せに暮らしましたとさ、の後も、そのしあわせが何処まで持続していたのか?は観た人の数だけ存在すると思います。たしか吉野朔美名作「恋愛的瞬間」でもこの話題があったな。
一作目からこの完成度はなかなかだと思います。
キャストも凄く良かった。特に、宇野重吉の立ち位置は素晴らしかった。今までは「金感触」の、あの宇野重吉さんのイメージが強かったのですが、こんなに若いと見分けがつかなかったです。キャラクターも秀逸、そして、主人公の人柄にも奥域を感じさせるキャラクターになっていると思います。
さらに、弟を演じられている道三重三さん、この方がちょっと調べたんですけれど、全然分からない方なんですね・・・今後も調べていきたい。で、この弟の洋というキャラクターもイイ。割合器用でちゃっかりもしているし、どうやらやり手。仕事にも遊びにも、それなりの流儀があるし、筋は通すタイプの人。でも、兄を立てたい気持ちもある。
この宇野重吉と弟である洋が、兄であり主人公を慕う気持ちの根底は、映画内ではそれほど描かれないけれど、十分に感じさせる演出が素晴らしい。映画内だけで考えると、主人公である兄の取る行動は、まぁ今でいう中二病みたいなものです。そして、それをロマンティシズムと言った時代もありました。確かにある種のロマンでもある。
で、森さん、浮雲でもそうなんですけれど、アンニュイな顔立ちは凄く良いと思いますし、現実的な復員兵の中でもインテリであり、且つ、ある種の夢を持つロマンチストですから、その言動には当時の、いわゆる男性の、もっと言うと敗戦国の兵士であったという事での自尊心の持ち方の葛藤もリアルで良かったです。でも、まぁ恐らくすべての男性がロマンチスト気味で、中二病気味で、意固地なんでしょうね。でも結構ダメな男でもあると思いますよ・・・
あと監督田中絹代も結構難しい役で出演もされてますし、いい味です。ちょっと強い気もするけど、それくらいのインパクトも必要な場面。
と同時に、笠智衆も、イイ。
ここで、脚本もそうなんですけれど、原作はどうなのか?不明ですが、ちゃんと、時代的な立ち位置も入れてくる辺り、脚本の木下恵介の強みも感じさせます。
敗戦後の日本の状況で生きていく人の、それでも、生きていかなければならなかった人の、ある種階層もあるでしょうし、そこへの偏見もあるのを、宇野重吉がタクシー内で言うある有名な言葉、これは、敗戦国で、まぁ無条件降伏をするに至った自分の国の国民にも等しく罪がある事を示してもいて、ここも、普通の映画なら避けて通るし、なんなら主人公である兄のセリフが最も当時の人の気持ちを代弁している訳で、わざわざこのセリフを入れている以上、確信犯だと思いますし、だからこそ、価値は高いと思います。避けて通らなかった、そしてそこには、だからこそ生活の為に行った行為そのものを、憐れむ気持ちがあると思います。
これは日記文学で永井荷風著「断腸亭日乗」の1945年9月28日の引用ですが
『余は別に世のいはゆる愛国者といふ者にもあらず、また英米崇拝者にもあらず。惟虐げられる者を見て悲しむものなり。強者を抑へ弱者を救けたき心を禁ずること能ざるものたるに過ぎざるのみ。』
これを映画のテーマにしていて、でも恋文。
永井荷風はそれ以前の段階、つまり戦前に莫大な所得を得ていて、それなりの生活水準に身を置ける、ある種の特権階級。そして英国や米国で暮らしたり、働いていた経験を持ち、喋れるし知見がある人の、冷徹な観察の上での日記に対して、宇野重吉のセリフもそうですが、一市民の、市井の人の苦難に見舞われた当時の人から立ち上がる感覚が、それでも近しい部分にあった事のある種の証明のような映画でした。本当に素晴らしい。
しかも当たり前ですが、恋愛劇です。
凄く難しい事を両立させていると思います。
だからこそ、生活を描いてもいる。
当時の東京、渋谷(しかもハチ公!)、新宿、新橋辺り、かなり克明に見えます。資料としても価値が高い。
傑作。
何かこの映画を基に着想を得て書かれたのがガルシア・マルケスの「コレラの時代の愛」です、って言われたら、多分信じてたな、私。もちろん私の妄想です。
映画が好きな方にオススメします。
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