井の頭歯科

「サマーフィルムにのって」を観ました

2021年9月3日 (金) 08:55

松本壮史監督       ハピネット

映画好きの友人にご紹介されました。しかもその時は別の映画の話をしていたのに、突然「あなたはビートバン派だ!」と言われ、何のことやら分かりませんが、それでもオススメされたらすぐに行動に移すのが私の数少ない良い所です(悪い所はいっぱいあります)。そんなわけで、吉祥寺アップリンクに行きました。

文化祭まであと数か月、その文化祭で流す映画部の撮影する映画は、ちょっとびっくりするような、恋愛映画なのですが、その映画部の中で1人全く浮かない顔で早退していくのがハダシ(伊藤万理華)です。ハダシは1mmも興味の持てないこの恋愛映画とは違った、自分の映画のシナリオを描いているのですが・・・というのが冒頭です。

大変に眩しい映画でした。私は映画を撮った事も映画の企画に参加した事も、映画に関係する仕事もしたことはありませんが、映画部に居たら間違いなく雑用係だと思います。

主人公は3人の女の子、ハダシ、ビートバン、ブルーハワイというこれが何でつけられたのか?説明はないものの、しかし、何となくわかる、というのが素晴らしいネーミングセンスです。そう、まるで大林亘彦監督作品「HOUSE」(の感想は こちら )のオシャレとかファンタ、とかあの感覚のアップデート版です。イイです、こういうの好きです。

その3人が映画部の恋愛映画に負けない傑作をひと夏で作るぞ!という過程を描く映画なんですけれど、ハダシが好きな映画って時代劇なんです、このギャップはイイです。

凄く掴みはいいです、しかし私は51歳のオジサンであり、青春映画に共感する事が難しく感じられるように衰退してしまった、フレッシュな感性の大部分(もしかすると全部)が死んでしまった私からすると、ちょっと眩しすぎました・・・

基本的にはイイ映画だと思いますし、テンポも音楽も役者さんも全然悪くないですし、特に役者さんと、演出と音楽は素晴らしいです。なんですけれど、ストーリィの決着、そこへの辿り方、に少し違和感がありました。
良かったところは、演者さんの頑張り、この企画を思いついたアイディア力、そして企画にまでまとめあげた情熱、入れられるモノはなんでも入れてやろう!という意気込み、どれも素晴らしかったです。まるで上田慎一郎監督「カメラを止めるな」(の感想は こちら )のような情熱も画面から感じます。そして本作を推している人の雰囲気が似ていると感じました。
映画が好きな人にはきっとそれなりの良い感覚で良い余韻を残してくれる作品ですし、こういう作品を観た若い観客が少しでも良い映画がもたらすカタストロフィに目覚めて欲しいです。

そして、私は細田守監督「時をかける少女」オマージュな作品だと思ってます。もう1つ入れるのであれば、恐らく、大童澄瞳作漫画「映像研に手を出すな」です。

確かにこの3人の中だと、私はビートバン派です!そして、おすすめしてくれた方はブルーハワイ派だそうです、それも納得。流石王道を理解、許容できる人は懐の広さが違いますね。

アテンション・プリーズ!
ここからはあまり心地よくない文章になっていますし、この映画が好きな人は、ここまで読んでいただけたら、この先は読まないでいいと思います。でも、これも一観客である私の個人的な感想なんです。
基本的には良い映画だと思いますし、若い方、あまり映画をご覧になっていない方にとっては、とても良い映画体験になる作品だと言うことも理解しています。誰にでも若い時の特別な1本があると思いますし、それを否定しているわけじゃない。そうじゃなくて、これはスレた、もしかするとひねた、性格のねじ曲がった人の意見、ではなく、ある種の時間の経過が起こった人の反応だと思っていただけるとありがたいです。
まず、時代劇が好きなんじゃなく、これはもっと座頭市、もしくは勝新太郎に絞っちゃってもう良かったのでは、と思います。
もう少し踏み込むと、恋愛映画が嫌いで時代劇好きな女子高生の映画タイトルが「武士の青春」ですと、どうしても、ハダシも結局青春が好きなんじゃないか・・・とガックリきちゃうんですね。そういう意味では、脚本家の人が時代劇が好きな人、への取材とか愛、がはっきり足りないと思いました。
侍の決闘をアングル的に(プロレス弱者ですが、プロレス用語で『見方』)BL的な関係性とか、ハダシと同世代の武士の生き様とかは確かに面白みのあるアングルだと思います。そこに恋愛要素を感じるのは個人的解釈としては良いが、実際に侍の決闘の後はやはり死が待ってるんですよね・・・その辺をもう一段上まで昇華させて欲しかった。
例えば、私なら、かたき討ちではあるが、相手には相手の事情がある事を知った上で決闘するなら、別に真剣での果し合いではなく、木刀を使った試合でも良かったんじゃないか、とも思ったりしました。
そして、ラストの映画を止めての演劇を生で魅せるくだりは、なかなか良いアイディアですし、捨てがたいんだけれど、決着をつけない結末は相当悩んだ結果、撮影したのです。それなのに、ここにあのキラキラ恋愛映画の監督の覚悟を聞いて心変わりするのって、やはりちょっと悲しい。もちろん最初は敵愾心しか無かったのに、相手にもそれなりの情熱がある事分かった上でのことだから、分からなくはないが、自分で出した結末なんだし、そこはなんとか別の、映写機トラブルでラストが見えなくなるので、演劇に入るとか工夫ができたのではないか?と思ってしまいます。
あの完成版をちゃんとした尺で観たかった。
それに、割合最初の場面で、好きって言葉で言わないで伝わるのが映画だろ、って自分のセリフを翻意して監督が演技の中で主役に告白するのは、かなり残念でガックリです・・・過去の自分を否定し、そしてその時の気分で行動が変わる、決してブレないことが最高だとか言ってるんじゃなく、ある種の信念があって恋愛映画を否定していたからこそ、傑作を作る、という動機を否定しているように感じられてしまいかねない脚本状の甘さを残すことになってしまうので、ハダシの言葉を借りて言うと「好きって言わなくても観客に伝えるのが映画」と自らの作品を否定してしまっている感じで残念なんです・・・
でも私も、もちろん観ている時は、頑張れって思ってます。
それと、演劇シーンで刀に見立てたほうきを監督に渡す男の子も、そして敵の監督役の女の子も、みんな物分かりが良過ぎて幼く見え過ぎてしまうのも、ちょっと残念でした。

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